特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:いのちの重み( 37 )

患者助かる

患者助かる

 ヤンゴンに急きょ引き返した。
 現地からは日にちを追ってというより時間を追って状態が悪くなってゆく患者の連絡が入っていた。
 右腕はすべて腐り、そこから大量の膿が噴き出す。
 こうなってはもはや抗生剤など効きはしない。
 高価な薬も所詮、何とかのすかしっぺ、徐々に状態が悪くなる。

 ヤンゴンの事務所についた。
 もはや15時間以上かけて搬送して手術をする余裕は患者にはない。しかもサガインの病院はあと数日は閉鎖している。

 ヤンゴンのオフィスの一室が手術用に改造される。
1996年メティーラという田舎町の家の一室を改造し手術を始めた頃を思い出していた。
あの頃、1年間で1000件くらいそこで手術をしたんだった。

 極度の貧血、ひどい感染、電気メスなどないさびしい医療環境。
 ああ、昔のようだと思った。
 しかし、一つだけ昔と違う事があった。
 私の周りには多くの日本のスタッフたちがいた。

 右腕、切断。
 30分。
 患者の思い、家族の思い、スタッフたちの思い。
 すべてを思いを背負ったと、心でつぶやき一気に手術を終えた。

 翌日、患者はベッドに腰かけていた。
 20日以上続いていた40度を越える発熱は、37度に下がっていた。
 
 患者はひさしぶりに笑った。
 家族にも笑顔が戻った。
 スタッフ達も皆幸せそうに笑っていた。

 私はすっかり疲れて、ひとり渋い顔をしている。
 今、すっかり疲れが出て、風邪をひいたようだ。
 
by japanheart | 2009-04-19 11:21 | いのちの重み | Comments(1)

再び、ミャンマーへ

再び、ミャンマーへ

 今日夜、再びミャンマーへ今日旅立つ。
 現地の状況は全く想像もつかないが、ミャンマーはきっと水祭りに浮かれている。
 どうも私の周りは切迫しているが。

 私たちは未来のことが見えないから、こうしていられるのかもしれない。
 上手くいくことはまだしも、失敗することなどしっていたら、私なんて上手く生きれそうにない。
 本当にそれがありがたい。
 現地の患者の命。
 日本でいる父親の命。
 すべてどうなるかわからない。
 何となく暗雲立ち込めるような気がするが、全て私の心が造り出した幻想なのだろう。
 全て幻影。
 惑わされぬように生きてみたい。

 結果は天命と受けとめて、先の分からぬ私はおどおどしながら下を向いて毎日懸命に生きるしかない。
by japanheart | 2009-04-13 11:14 | いのちの重み | Comments(0)

患者を残して

患者を残して

術後の状態が悪く、前腕を切断した患者がいる。
サガインの病院は、この水祭りで数日間閉鎖される。
この患者をどうするか?

ヤンゴンへ車で15時間以上かかって搬送した。
患者が私に尋ねる。
「先生、返ってしまうんですか?日本へ。」
私は答える。
「うん、帰る。」「新しい医者を3名呼んだから、安心して。」
患者は
「でも、先生ほど信頼はできない。」
私は
「そうだね。、、、、」

患者は私が帰る時、切断した反対の手で私を掴み、私は大丈夫ですか?と聞いた。
私は「ああ、多分。」と答えた。

現地の看護師や医師から連絡が来た。
感染の状態がひどく、切断した腕が上腕まで壊死してきているそうだ。

私は再び、現地へ帰らねばならない。
昔のように、薄汚れた部屋の一室でこの患者の未来をかけ再び手術をするために。

一方、今私の父親は危篤だ。やっと昨日家にたどり着いた。
父親は昨日もいれて、3日連続して手術を受けた。
手術前のICUで、気管内にチューブを入れられた父親に「大丈夫だから」と言った。
父親が頷いていた。
もう生きて会えないかもと思っていた。
ただ会えてよかったと思った。

その頷いた父親の目が、ミャンマーに残してきた患者と同じ目をしていた。
私は帰らねばならない。
by japanheart | 2009-04-12 11:12 | いのちの重み | Comments(0)

個人は重い

個人は重い

 かつての私の上司は、大学の教授をあっさりとやめ、今、国立病院の院長をしている。
経営をとやかく言われるご時勢、患者集めのために院長自ら外来に立ち、時に患者の手術もする。
先日、こんな話をした。
あるおなかの手術をした患者の手術後の状態が悪く、腹水がたくさんたまり危く命に危険があるほどだった。
私が訪ねた日、なんとか危機的な状況を脱したようだった。

そこで一言。
「吉岡、未だに手術はしているのか?」
やらざるを得ずやっています、と答えると。
そろそろやめたほうがいいのではないかというアドバイス。

「自分も経営と診療を同時にかけもちしているが、人、個人の命がかかった時の大変さは、経営が左前になったときのしんどさとはレベルが違う。本当に消耗するからね。」

そんなことしていたら身も心ももたないよ、と言いたかったようだ。

この話をときに、公衆衛生をしている人間はどう感じるだろうか?
大きな範囲に輪をかける事業と私のように個人と向かい合ってゆくあり方。

本当はどんなに大きな範囲を扱っても所詮、個人の集まりに過ぎないと思うが。
なんだか大きな範囲や予算、などを扱うと人は自分がさも大きくなったり偉くなったような気がするらしい。
一人ひとりの分子を見る視点を失えば、道を間違う。
学者も医者も政治家も同じだろう。
そういう能力に欠ける人間が、どこでも多いから問題になる。
昨今のご時勢のように。

いつでも大局と個人の両視点はしつこいくらいにしっかりと意識して持っていなくてはならないと思う。
by japanheart | 2009-03-12 20:50 | いのちの重み | Comments(1)

心痛く

心痛く

 今、サガインの活動地には、おそらく麻酔のアレルギーによって子供が意識がいまだに回復しないままに毎日スタッフが対応している。

 すりつぶした食事を作り、手足をリハビリさせ、できうる限りみながんばってくれている。

 ある日、私はあまり行かない夜の病院へ行って、そのこの部屋をのぞいてみた。蚊よけの蚊帳が張られ、その中で眠る子供。その横のベンチの上でこの子の母親は深い睡眠についている。
 その部屋から、声が聞こえてくる。
 そのこの枕元に腰かけ、私たちのミャンマー人スタッフの男性が、お経を上げていた。
 敬虔な仏教徒である彼らは、いつも心の仏教があり、苦しいとき、悲しいとき、何かを願うとき、必ずお経を上げている。

 子供の回復を祈り、彼は毎日、みなが仕事を終えた後、夜遅くに子供の枕元でお経を上げてくれていた。
  
 私が心痛くなる。
 もう少し、医者としての能力に長け、いち早く子供の異常を発見していたら、誰も苦しませはしなかったのにと、本当に思う。

 枕元に子供が元気だったころの笑っている子供の写真がある。
 
私は医者として、もう十分に悲しみを背負いすぎた感がある。
何人分の医者の、悲しみを背負ってきたのだろうか?

 たくましく動く、日本の若い医師たちがうらやましい。

  
by japanheart | 2008-11-12 00:44 | いのちの重み | Comments(0)



 自分の活動の根は何であろうか?
 今見えているあらゆる現象は、おそらく葉に過ぎないのだろう。

 最近、人生で最大のスランプ状態にあって、本当にそのことを考えざるを得なくなっていた。

 最近、妻や看護師たちにもよくいう言葉は、私は生まれ変わっても医者には絶対にならない。

 その責任の重さに、医者になって17年目におののいている。

 そのことを口で言っても始まらないし伝わらない、と思う。

 
 そういえば、先日アプガニスタンで若者が殺されてしまった。

 代表の方が、悲しいコメントをしていた。親のような心境なのだと思う。

 私は、その人の気持ちが痛いほどわかる。

 本当はその人が死ねば楽だったろう思った。

 もし今後私の組織の誰かが同じ目にあっても、私は自分が死ねればよかったと思うに違いない。

 なぜなら、その人も私も、自分が始めたことに多くの人が巻き込まれて、今のような現実が起こっていることをよく理解できているからだ。

 自分が始めなければ、何もおこらなかった。
 若者も死ななかった。多分。

 本当に人を助けたいと思い、はじめたはずなのに。
 いつしか誰かが死んでいる。
 その因果の因は、自分。

 私が始めたことで死んでいった人たちのことが重く重く、のしかかるのだ。 
by japanheart | 2008-09-18 02:50 | いのちの重み | Comments(0)

悲しみに震える

悲しみに震える

 1歳の子どもの患者が,術後に肺炎を起こして,亡くなった。

 何が起こったのだろうか?

 多くの困っている患者達がいる。それを治療したい私がいる。
 私が,治療する。
 多くの協力者やスタッフが集う。
 そしてまた,患者達が集まる。

 全ての始まりは私だった。
 そして多くの人々が助かったに違いない。

 しかし,私が始めたことで,今,かけがえのない命が失われた。
 この子を死なせてしまった責任と原因は私にある。

 今更ながら,人の命に関わるこの仕事に,震えている。
by japanheart | 2008-09-02 00:34 | いのちの重み | Comments(0)

割り切れない思い

割り切れない思い

 現地で治療していて、本当に心から患者たちを治したいと思っていても、どうしてもうまくいかないときがある。かえって悪くしてしまう時もある。
 麻酔や手術後の感染や合併症などで、時に患者が本当に悪くなるときがある。

 何をしているのだろうか?
 1000人助かっても、1人死んでいたならば、何のための治療かと思う。

 現地の医者たちがやればもっと成績が悪いのかもしれない。
 しかしそれはわれわれには関係ない。
 われわれがどうあるべきかだけが問題になる。

 そういえば、あるNGOの代表が、実際の医療をすると、患者が死ぬリスクがある、それを現地の人たちは迷惑に感じるのではないか?だから保健活動のほうが、リスクがないのではないか、言っていた。
 私に言わせれば、保健活動は、自分との因果関係がはっきりせず、直接、人の生き死にもわからない、からあいまいになってしまうだけで、本当は人命に対して大きなリスクがあると私は思っているが、その人にはそのリスクが見えないだけなのだろう。

 本当に忙しく、睡眠時間も削ってはたいているので、仕事中に眠ってしまうスタッフもいる。
 それも本当に仕方ないことなのかどうか?

 求められるままに治療を行い、求められるままに患者たちのために働く。

 しかし、わずかにミスを犯す。
 あらゆるスタッフの緩みが、細い流れのように集まって、集まって、大きな流れになるように、やがて結果となって現れ、人が傷ついてゆく。

 私は、割り切れない思いで一杯なのだ。

 人を傷つけようと思って、傷つけた場合は、心はそんなに痛まない。
しかし、本気で人を癒そうと思って、その結果、傷つけた、そのとき、本当に心の芯から自分も傷ついているのがわかる。

 

 

 
by japanheart | 2008-08-20 10:05 | いのちの重み | Comments(0)

一になる

一になる

 先日心停止を起こし、何とか一命を取り留めた子供が、再び痰をつめ、呼吸停止になった。
 それまでは自分で何とか呼吸できていたのだが。

 相変わらず意識が戻らない。
 待つしかない、、。
 そんな状態だった。

 緊急避難的に、気管内にチューブをいれ、大きなバッグで空気と酸素を送り込んだ。
ここは、電気事情も悪く、人工呼吸器は置いていない。あっても電圧の関係ですぐに壊れるだろう。酸素もいつも十分にない。そんな施設だ。

 子供が、自分で呼吸を再開しない。弱すぎて自力で呼吸できない。

 どうする?
 チューブを抜けば子供が死ぬ。
 どうする?

 24時間、休むことなく、日本人が交代しながら、大きなバッグで空気を送り続けることになった。
 1分に10回は空気を送る。休むことなく手でバッグを押し続けなければならない。

 私は日本での所用を済ませるため、途中、帰国の途に着いた。
 残され24時間働き続ける日本人のスタッフたちのために、せめて祈ろう。

 一人の子供の命を救う作業は、そんなに簡単ではない。
 救えるか救えないか、それは神のみぞ知る。
 しかし、弱き我々は、結果も知らず、ひたすら生への可能性に向かって進むしかない。

 どうかこの子が救われるようにと、今も祈っている。
by japanheart | 2008-08-03 12:19 | いのちの重み | Comments(0)

患者を治療する恐怖

患者を治療する恐怖

 私はいつも患者を治療することが、恐ろしく感じている。
かつて私の責任から命を失っていった人たちのことをいつも思い出す。

どうして自分の子供を医者にすることを望む親が多いのか理解に苦しむ。
私なら、自分の子供には医者だけやめておけと言う。

どう考えても医者の責任は重過ぎる。人の命など簡単に預かることなどできない。

今日、5歳の子供が死に掛けた。大手術でもない手術の途中で、突然息が止まり、心臓が止まった。
かつての苦い記憶が蘇り、どうしてこんなことにまたなってしまうのだと、何度も自問した。

運良く、それは私のおかげでもなく、全く運良く、子供は息を吹き返し、心臓は元気よく打ち出した。

親からは心からお礼を言われる。

本当に、針のむしろのようだ。
むしろこの子の異常を術前に見抜けなかった私には落ち度がある。
分かってもいないから、突然に事態が襲ってくる。
悲しいことだ。

その後一人の看護師が、私の元にやってきてこう言うのだ。
「すいませんでした。私がもう少し早く気が付けばよかったのですが。、、、」

またもや針のむしろがひかれる。

このようなことがあるたびに医者を辞めたくなる。
もう十分だと自分でも思っている。

しかし、このような経験を未来に生かせなければ、亡くなった患者たちは
二度死ぬことになる。

それが分かっているから、悲しくも続けているのだ。

どうして医者なんかになってしまったのだろうといまさら考えている。

患者を治療する恐怖は、いつもいつもここにある。
by japanheart | 2008-07-27 02:34 | いのちの重み | Comments(0)