特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:スタッフと想い( 48 )

letter to mie727

letter to mie727

私の元にはもはや数え切れないくらいの女性たちが訪れる。
私がモテモテということではなく、国際協力を目指す医師や看護師や学生たちがたくさん勉強に来るということである。
そしてその8割くらいが女性だという、なんとも男性にとっては情けない事態になっている。

mie727はある看護師のコードネームである。

彼女とのはじめての出会いは、ちょうど9年前のTBS夢の扉という番組の撮影時にさかのぼり、ちょうどその時に看護師として短期ボランティアに参加していた。しっかり全国ネットのTV放送にも乗っかっていた。
背が低く几帳面な性格ではあるが、ちょっとびびりなところが愛嬌であり、誰とでも上手くやっていく性格で、それはそれでそれなりの人生経験を感じさせた。

このびびりで几帳面なコードネームmie727にNPO法人ジャパンハートの最も大切なプロジェクト、それは全ての活動の力の源泉である国際的な看護師をシステマッチックに育て上げるという重大任務を任せたのだ。
ジャパンハートの全ての活動は無償で働く看護師たちによって支えられている。私がどんなにがんばったところで看護師たちの力なくして多くの人々は救えなかったであろう。
私のわずかな貯金を元手に活動を始めた当初は全くの金欠で、看護師たちが離島で働く給与が活動資金の一部として投入されていた。(ジャパンハートの看護師たちは海外6ヶ月、国内離島6ヶ月の労働を義務としている)
私は海外医療を志す多くの日本人たちは私と同じように皆、せめてその活動に関わる期間、時間もお金も捧げて一心不乱に医療が受けられない人々のためにやってくれるものだと40歳になっても青臭く信じていた。
ところが実際、離島での給与を勝手に使い込む人やそのままネコババして活動から消えてしまう看護師達が現れたのだ。
これには参った。
自分が海外で働いている間の活動費は、その間、離島で働いている看護師たちの給与でまかなわれていた。
だから、自分が離島へ行った時は次の看護師たちの海外での活動を支えることが当たり前だと私は信じていたのだ。
お金を納めない人がいると海外の活動に支障が起こることになる。
この仕組みに不満を持っている人はきっと多くいたことだろう。
自分の稼いだ金を何で貧困層の人々のためだとはいえ、差し出さないといけないのだと。

私にとっては人生はやるか、やらないかのだ。
力を抜くくらいならやらないほうを選ぶ。
人生を勝負しているときに、何かを出し惜しみしてとても満足いく結果が得られる気がしないのだ。
私の人生手を抜いて上手くいったためしがない。
だから、
やるときは、やる!
お金がほしければ、お金を稼ぐ。
国際協力もお金も同時に取れるほどに多くの人には能力は備わっていない。

ある人には看護師たちへの感謝が足りないのだとたしなめられたことがある。
私は確かに感謝などしていなかった。
当たり前だと思っていた。
なぜならば離島で働く看護師たちは、先に海外で働き、そのとき離島で働いてくれた看護師たちの努力によって自分が希望している海外での活動を思う存分できたからだ。それから次の人を支えるために離島にやってきていたからだ。
私にはそれは前の人たちに対する義務にしか思えなかった。
受けた恩は、次の世代に当たり前に返す。
そういうものだと思っていた。
だから彼女たちの様々な不満は、突き詰めるとお金が惜しいとしか解釈できなかったのだ。

私はこのスタンスだから当時いた人の中でもいろいろ悪く言う人はいるかもしれない。
しかし、それは考え方と生き方の違いだ。
きっと今でも相容れないだろう。

しかしながら、これは組織の危機だった。
不信感が充満し、活動を継続する人々も減っていった。
患者は増え続ける一方、完全なるマンパワーの不足状態になってしまった。
誰もそこまでして国際協力などしたくないのだと言われているようだった。
もしあの時mie727がいなければきっと今でも私は寂しく医療をしていたかもしれない。
あの時mie727にこの看護師の研修事業を任していなければ今頃どうなっていただろう?とふと思うのだ。
今では、その努力によって全てスキームが作り変えられ、離島での給与は現在は一切、看護師達が払うことはなくなった。
それは決して簡単なことではなかったはずだ。

私は知っていた。
mie727がいつも数時間ものあいだ不満を抱いている看護師たちに電話をして彼女たちに少しでも活動を支えてもらおうとがんばっていてくれたことを。
mie727がいつもどうすれば多くの人たちが参加したくなる組織になるか?研修事業にできるかを必死に考えていてくれたことを。
そして私は今でも知っているのだ。
mie727がかつて特別な能力がなければできないと思われていた国際協力・国際看護を誰にでもできる、全ての看護師たちに道を開けるために今も何を自分がすればいいのかを考えていてくれることを。

コードネームmie727が国際看護研修事業を任されてから今では年間300人以上、のべ1000人以上の日本人看護師達が国際協力の現場に実際に行き、多くの貧困層の人々のために働いてくれている。
それは保健や衛生活動ではなく、バリバリの直接患者に触れる・癒す、、、臨床医療活動なのである。

この数は年々歳々増え続けており、近い将来、年間1000人の派遣を目指している。

これで日本の全ての看護師たちに本格的な国際臨床医療の道が開けたのだ。
日本の多くの看護師達がアジアの途上国の貧困層に人々に直接、医療を届け、日本の離島へ少しでも貢献できるようになった。

今後、数え切れないくらいの看護師達が国際協力の道に入るだろう。
この道の半分はコードネームmie727がひいたものだ。

mie727はこの春、ジャパンハートから離れていくが、彼女が日本の看護師のために道を作った国際医療協力の世界に多くの若き看護師達が進むことを願っている。
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by japanheart | 2016-03-30 03:25 | スタッフと想い | Comments(0)

男と女の関係で考察する

男と女の関係で考察する


 ジャパンハートは若い男女が多く参加するせいか、おめでたい話も多く影ではジャパンハートのことを、
 ”出会い系NPO”とありがたくない名称で呼ぶ人たちもいる。

 今日はそんなダイレクトな男女関係のハナシではなく、仕事あるいは就職と自分との関係を男女関係にたとえると分かりやすいので考えてみたい。
 
 最近、ジャパンハートが事務局スタッフを募集するに当たりたくさんの人たちの応募をいただいて面接を繰り返しているのだが、正式採用する前に3ヶ月アルバイト期間というか試験期間をおいている。

 ジャパンハートという男性に、あなたという女性がアプローチしていると想像すると分かりやすい。

 その時、面接のときに、たとえばある人がこう言ったとする。
 「保険等の補償をしっかりしてもらえないならば御社に勤めるのはちょっと、、、。」
 当然、就職を希望するというのは相手(この場合、ジャパンハート)に惚れていることが前提になっていると考えたい。
 あるいはお見合いでもいいのだが。
 この場合、男女関係に喩えると、こういう台詞に変わる。
  「ご飯をおごってくれるならば、一緒に時間を過ごしますけど、、、、。」
 
 もしあなたが本気で相手に惚れていたら、あなたはご飯をおごってくれないといって、デートに行かないだろうか?
 本当にその男性をものにするためには、自らおごってでもデートに持ち込みたいと思わないだろうか?
 それほどの仕事でなければ、あるいは職場でなければ、今時のNGOなどの職場(一般の会社に比べて待遇が悪いことが多い)に転職してくる魅力などあるのだろうか?

 あるときジャパンハート側からこう切り出す。
  「では、アルバイトで3ヶ月様子を見ましょう。お互いに、相性が合うか確かめれるので」
 と言ったとしよう。
  これに対して、あまりいい顔をしない人もいる。

 これは男女関係で言うと。
  「では、まずは友達からスタートでお願いします。」ということだ。
 これに対して、いい顔をしないのは、個人的には、えー!友達からじゃダメなの!!と驚いている。
 いきなり、初対面で恋人になろうとするのは、少しきついと思うのだが。

  先日は、かなりの待遇の現在の職場を辞職する覚悟で面接を受けにきたある人が、帰り際に一言こういったのだ。
 「返事をずっと待っています。」

 これを男女関係に喩えると、
  「あなたがその気になってくれるまで、いつまでも待っているから!」になる。

 人も組織も構成する人間が日々を織り成すゆえ、そのあり方はそう変わるものではない。
 今の日本や先進国が行っている保証は、個人の権利の名の下に、ある場面ではあまりに手厚すぎ、ある場面ではあまりに手薄すぎるようになっている。

 企業は、本当に企業のためにやってくれている人間はもっと大切にしなければならないし、そうでない人間はそうする必要はないと思う。
 しかしながら、法律はそのように運営されていない。
 本当に成果を出しがんばっている人間も、サボりまくって遊んで給与だけもらうために働いている人間も、一個人として同等に扱う。これでいいのかな??
 
 能力の低い人を切り捨てる社会は間違っていると思うが、能力が高い人を、そうでない人と同等にしか扱えない社会も違っている。
 何も保証のない中でこの活動を始めた、というかそういうことすら考えたこともなかった。今までずっと給料もなしでやってきて、それが当たり前で、また生きがいでもありの日々だから。
 現地に来る医療者の多くも、無償どころか、自分で費用一切合財負担してきている人たちに囲まれて朝から晩まで働いていると、まず、給料はどのくらいもらえるのか?保障はどうなっているのか?と当たり前のことだけど、いきなり言われると、何となく腑に落ちない感じがするのだ。
 
 人間生きていかなくてはならないし、家族もいるから仕方ない。
 仕方ないけど、、、、なんだ。

 いい待遇を期待する人は、日本のNGOでは就職はまだ少し時期が早いかもしれない。
 今は精神的な生きがいとか、人の役にたちたいとか、将来の経験をためたいとか、そういう金銭的な欲求と少し違うものを求めに来る場所かもしれない。

 あと10年もしたら、そういう人たちの金銭的・安定保障な欲求にも応えられるようになっているかもしれない。

 
 

by japanheart | 2014-05-18 02:26 | スタッフと想い | Comments(0)

道を開くということ

道を開くということ

 道を開くということの大きな意味を考えねばならない。

 その開かれた道の上をこれから数百人、数万人が通っていくかもしれない。
 だから道を開くものたちは、その事柄の大きさに真剣に取り組まなければならない。
 いい加減な思考やいい加減な態度で、簡単に道を作ろうとしている人間が多すぎる。

 昔、公衆衛生や保健をやっている人間達がミャンマーで、大上段に振りかざしたプロジェクトでその後、現地の人たちが困惑し、迷惑し、苦労する姿を幾度となく見てきた。
 それをコントロールしているものたちは、大都市ヤンゴンで大いに恵まれた生活を送り、別にその結果責任が、その当人に問われることもない。
 こんなことで本当に、数万人の運命をもしかしたら決めるかもしれないプロジェクトが成功するだろうか?
 私には、今でも、到底、そうは思えない。

 自分が、適当に引いたレールの上を力もなく、純粋で、弱い立場の人たちが歩いていく。
 その行き着く先が、滝つぼであってはいけないはずだ。
 しかも道を開いた本人は決して落ちない滝つぼなのだ。

 道を開くものは、悩め。 
 苦しめ。考えよ。
 寝るな。食うな。
 そして、考えよ。

 これが私の戒めだ。

 政治の世界を見て欲しい。
 どうやらTPPに参加するらしい。
 これを決めた人たちは、吐くほど考え抜いたのだろうか?
 政治家の人たちはよく自分達の立場を、仕組みをつくる人間だと表現するが、その上を、これから億単位の人たちが歩んでいくという自覚と恐怖があるのだろうか?

 知識をいくらためても未来は見えない。
 いくら過去の戦争を研究しても、将来、全ての戦闘で勝利することは出来ない。
 いくら本を読んでも、それが必ず未来の幸福を約束してくれるるわけではない。

 未来を達観するセンスと才能を持っている人間が必要になる。
 これは才能だ。
 だから、学習では習得できない能力だ。
 先天のものだ。

 そういう人間を、政治家は抱えているだろうか?
 大学の、あるいは研究機関の偉い人たちだけの意見を聞くと、必ず、いつかは大きな失敗を起こす。

 政治家だけではない。
 道を示す全ての人たちは、心して道を開く必要がある。

 もしろくでもない道を開いてしまったら、そこに将来、投入される人々の時間、エネルギーがいかに無駄になることか。
 その責任の重さをしかと自覚されたし。
  
by japanheart | 2013-04-10 16:55 | スタッフと想い | Comments(0)

スタッフを知る

スタッフを知る

 医療活動が忙しくなって数年。
 すっかり、現地で働く日本人スタッフたちとゆっくり話す機会を失っていた。

 前はもう少し積極的に時間を持ってはいたが、正確にはバカバカしくなってやめた。
 なぜ、バカバカしくなったかというと、多くの日本人たちが支離滅裂だったから。

 「何がしたい??」
 「どのように、これからやっていくつもり?」
 「あなたの一番ほしいものは何?やりがい?お金?経験?」
 「今のあなたの問題点は何だと思う?」
 、、、、、
 、、、、、
 、、、、、。

 どれもこれもかつて私が現地で働く日本人たちに投げかけた言葉だ。

 結構、心をこめてやっていたんだけど。
 でも、ほとんど、彼らの言うこととやることが、まったく違っていたりして、いつもガッカリさせられたもんだから、バカバカしくなってやめた。
 意味ないじゃない、時間の無駄だなって思って。

 しかしまあ、やっていたときとやっていない今との違いは何かというと、本当に数は少ないけど前は、ずっと私やジャパンハートのためにやってくれる人がいたんだ。
 最近は、そんな人間はいない。
 自分の計画を、自分のために実行する人ばかり。
 それはそれでいいのかもしれないけど。

 まあしかし、また始めることにした。
 なぜかわからないけど。
 甘やかすのは好きでない私だけど。

 強いて理由をいえば、優しくしてあげたくなったのかもしれない。
 今でも本当にできの悪い日本人医療スタッフを抱えているが、仕事のできないやつに限って人間的にはいいやつばかりだから、難しい。

 だから、きっといい医療者にするために彼らに接するのではなくて、いい人間的な付き合いをしていきたくなったのだと思う。
 仕事ができないという理由だけで、仲良くなれなかったら、もったいないから。

 医療者という服を脱ぎ捨てた中身の、その人自身を知りたいと思っている。

 
 
 
by japanheart | 2012-09-09 03:20 | スタッフと想い | Comments(2)

志ある医師求む!

志ある医師求む!

 そんな医者たちの可哀想な人生のせいなのか、なかなか”志ある医師”という種類の人に出会えない。
                「大きく学び、小さくまとめる」
 という極意がある。
 野球のスイングを想像してみるとわかりやすいが、大きなフォームでしっかりと練習を重ね、基本をしっかりと身につける。最初から、いきなり器用な素振りを行おうとせず、大きな素振りでしっかりとイメージや大切な要素を体にしみこませる。やがて繰り返しによりホームは鋭さを増し、小さく小さくコンパクトになっていく。

 武術の同じかも知れない。身を震わす程度の小さな動きで人が倒れるほどの名人の話を知っている。

 人生も同じ原理が働くように思えてならない。

 最初から志も低く、目先の利益や安定や成果を求めすぎ、大成しない人は多くいる。
 大器晩成と言うけれど、人生の大きな成果にはそれぐらいの時間がかかるということだろう。

 そういえば、最近、海外で2年も3年も働きたいという医者が来ない。
 1年程度がせいぜい。

 折角やるなら、2年は最低やった方がいいというのが、私の持論だが。
 1年程度なら、短大や専門学校も卒業できない期間だな。
 
 自分には技術や知識など何か足らないとよくいうけれど、そんなのは私は今で持続いている。

 要は、こころざし!
 
 私が地域医療のためにがんばってやるという、気持ち。
 私が、日本の医療のために人一倍、貢献するのだというこころざし!
 海外で、医療がまともに受けることができない人たちのためにという、こころざし!
 
 海外でも、本気でやってやろうという人を求めている。
 日本国内でも私たちはいつでも、「石巻や女川」などで働いてくれる医師や看護師を求めている。

 ああ、こころざしある医師は、日本のどこにいるのか?
 
by japanheart | 2012-02-15 02:48 | スタッフと想い | Comments(1)

ミャンマー人看護師たち

ミャンマー人看護師たち

 はっきり言って、最近の現地、ミャンマー人看護師たちは頼りになる。
 就職難のこの国で、17才くらいから25才くらいまでの若い女性たちが看護師という職業に就くために、様々な田舎から、私たちの活動地にやってきて学んでいる。
 
 彼らは日本人看護師の助手的な役割、下働きなどを1年して、それから看護学校へ通う。
 その学校を卒業すれば、さらに1年、現場で学び、それから様々な場所に散ってゆく。
その中でも、地元の人は、そのままここに就職し、働き続けている。
 
 
 はじめの頃、彼らは日本人たちを見本にやってきた。
 だから日本人たちのレベルが低いと、彼らには本当に気の毒だった。
 レベルの低い見本には百害がある。
 隔世の感があるが、今や、現地ミャンマー人看護師を日本人たちが見本にしている。
 消毒技術も、手術の助手も、現場での動きも、普通の日本人たちより格段にレベルが上。

 日本人たちの手術後の消毒技術には、私も散々、泣かされてきた。
 今や、術後管理の責任者は、ミャンマー人。
 少しでも傷の状態が悪いと、本当に自分の技術のせいだと思っていて、私に会いたがらない。
 怒られると思っているからだ。
 しっかり自分の責任でやっているということ。
 かつて日本人看護師で、このように振る舞った人間はいない。
 すなわち傷の状態がどんなに悪くても、自分のせいだと思っていないからだ。
 私から見ると、こうなったのは明らかにお前のせいだと言いたいのだが。
 口ではすいませんと謝りながらも、こころは反省などしていない。
 だから、同じ失敗を何度も繰りかえす。
 患者たちが気の毒で仕方ない。

 手術場の責任者も今や、ミャンマー人。まだ、二十代後半の女性。
 日本人たちに、いちいち小声でアドバイスする。

 彼女が、先日こう言った。
 「Aさん(日本人看護師)も.もう少しやる気になって、積極的だったら、もう少しやらしてあげれるんだけど。」
 「あのレベルでは、何をやらしていいのか悩んでしまうわ。」

 すごいスピードで成長している。

 また、あるミャンマー人看護師が、私が日本人看護師を怒ったあと、その看護師を慰めながらこう言ったそうだ。
 「あなたはまだきて数ヶ月だから、仕方ないよ。私たちはもう2年もここでやっていて、慣れているから。」
 このミャンマー人看護師は、まだ免許を取って6ヶ月足らず。
 おいおい、日本人たちは免許を取って一体何年、日本で働いてきたんだ?

 自分の病院でしか通じない技術や知識では患者たちは困る。
 日本人たちには、しっかりせい!と言いたい。

 途上国の看護師たちと思って、馬鹿にしてはいけない。
 彼らも能力を目覚めさせれば、たいしたもんなんだ。
 人は皆同じ。
 掛けた情熱と努力の分だけ、報われる。

 
 
 
by japanheart | 2011-07-31 01:12 | スタッフと想い | Comments(0)
今日は”看護の日”


  実は、今日は”看護の日”。
 
  ジャパンハートは、多くの看護師が所属する看護団のごとき組織形態。
  医者も、なんと女医が多い。

  何年も多くの看護師と接してみて、わかったこと。
  日本の女性はすごい!(まあ、ピンキリではあるけど)
  黙々と目的達成のために24時間でも働き続ける。(でも、ストレスはためている。)
  そして、他国の女性に比べて、総じて「軟らかい」。
  母性の強さは、一等級だと思う。

  この看護師さんたちを使って、ミャンマー・カンボジア・日本の僻地・離島などなどに彼らを行かせている。
  今も続いているが、現在までに200名近い看護師を東日本大震災に派遣し、現地では総じて大好評でした。

   これから時代は、ますます女性を求める。
   看護師のニーズは、もっと高くなる。
   それに見合った実力をつけてもらいたいと切に願う。

   ジャパンハートでは、今年は1000人を目標に医療者を募集してゆく。

   私の個人的な希望としては、本当にやる気のある看護師たちに出会いたい。
   そして、ともに働きたい。

   
 
  
  
  
by japanheart | 2011-05-12 23:32 | スタッフと想い | Comments(6)
看護師たちのこと-ニュージーランドの地震に思う

 ニュージーランドでの地震で、多くの看護師という職種の人たちが、いまだに行方不明になっている。
その多くは、海外での医療を求めて、まずが語学の習得をということで、留学していたに違いない。
誠に残念。

しかしこれは一体どういうことか?
いつから、誰が、どうして英語を習得していないと海外で働けないと決めたのだろうか?
英語圏の国で働く。それならわかる。仕方ないから。
しかし、途上国での活動を志すなら、まず英語と考える、それは果たして唯一の正解だろうか?

現実的に、それを目指して語学留学をする。
それはそれで、お金もかかる。アメリカやカナダへ行けば400万くらいは全て含めるとかかるという話もある。
問題はそこから。
そのほとんどは、その途中で力尽きて頓挫する。
語学習得というプロセスで、途上国医療への情熱や志を失う。
要するに、途上国の医療までは辿り着かない。
だってそうだろうと思う。
それほどまでに、途上国の医療にかける情熱など、はじめから彼らが持ち合わせている理由などない。
彼らにあるのは、ごく一般の日本人が、同情的に持っている程度の途上国の現状に対する思いでしかない。
彼らが、一般の日本人が知る以上の現状など、知っている理由は普通はない。
強いてあげれば、彼らが看護師という職業を選んだ動機が、なにがしかの母性に基づいているという可能性はある。

だから、時間をかけて、手間もお金かけて、そこへ辿り着こうとすると、そのほとんどは失敗する。

情熱は、その道を、現実に進むことによって、持続し、そして強化される。


それは、現実がさらに頭にある幻想を打つ砕きながら、しかし確実に体験を与え、意識とこころになにがしかの重みを与えるから。

日本には、英語ができないと海外医療ができないと思っている人が多い。
なぜだろうか?

私は、敢えて言う。
日本の、日本発の国際医療組織がないからだ。
フランスのチームはフランス語、ドイツのチームはドイツ語、スペインのチームはスペイン語でやっている。
あれば、公用語は日本語になる。
一部に英語の堪能な人間がいればことすむ。
それよりも現地語を話せる方が、よほどいい。

だから、ジャパンハートの海外医療の選考には、英語の基準はない。
公用語は、日本語と現地語。

しかし、全ての研修者に英語を学ぶ機会は与える。
能力は、ないよりあった方が良い。

大切なのは、手段を目的と混同しないことだ。
英語はただの、手段。手段なのだ。
手段を得るために、目的を失ってしまっては、本末転倒。

しかし、現実はよくわかっている。
そうなる人ばかりであることを。
だから、つくってみた。
手段に縛られず、目的を達成できる仕組みを。

ジャパンハートの国際看護研修。
いきなり、途上国に行ってもらう。
そこで現地語を習得しながら、働く。
そして、帰りにシンガポールの語学学校で英語を学ぶ。
それから再び、海外に旅立つ。

もし将来、ジャパンハートでなくとも、どこでも働けるようには考えている。
でもジャパンハートなら、まあ、英語はそれほどなくても働くことはできる。
あなたの働く目的が、途上国の困っている人たちのためにそれがしたいのならば、今すぐにでもそれは現実のものとなる。
余計な駆け引きを人生に対してしなくてすむ。

既に1年にあたり、のべ150人の看護師たちが実際にジャパンハートから海外の途上国医療の現場に旅立っている。
by japanheart | 2011-02-28 07:18 | スタッフと想い | Comments(2)
拝啓 氷室京介 様 そしてファンの皆様

 12月31日武道館カウントダウン1万人ライブにて、ジャパンハート支援のチャリティーオークションを開催して頂きました。
 こころよりお礼を申し上げます。

 今回、募金頂きました金額は、以下でした。

  オークション収益金: 6,720,888 円
  会場設置募金箱 募金: 145,827円

 改めまして、お礼を申し上げます。

 今回の募金は、私の希望としては、エイズや病気で親を失った子どもたちの施設(Dream Train)の、新しい施設の建設費に充てたいと思っていますが、いかがでしょうか?
 この建設には、おそらく1000万円程度必要かと思いますが、がんばります。
 いいネーミングをまた考えます。(いつもセンスが悪いと言われますが、、、、。)

 現在の最初の施設は、既に定員に達しつつあり、今後の子どもたちの受け入れを増やすために、新しい施設の建設の許可申請を、既に政府に出しております。



 当日は、私はミャンマーにて子どもたちの治療をしておりまして、参加できずに残念でした。
 参加していたジャパンハート・スタッフたちは、氷室ファンの皆さんに本当に暖かい声援を頂いたそうで、重ねてお礼を申し上げます。
 先日、私の妻が、氷室さんのロックは、ヒムロックといい、普通のロックじゃない!私に教えてくれました。
 そして、彼女曰く、バラードがそうとういい!らしく私に今度、聞かせてあげるといっています。
 当日はスタッフたちは、まさに時折、神々しい何者か、を見たというようなことを私に言ってきます。
 
 しかし、私、どうせ聞くなら、はじめは本物がいいので、今度、コンサート行ってきます。
 こっそりと。ちょっとイメージと違うことをすると、スタッフが何度も、本気で笑って気分悪いから。
 
 氷室さんのことは、色々、教えてもらいました。
 15年くらい、ロスにいてとか、、、色々。
 今の日本の現状も嘆いていることも。
 国は違えども、苦労しただろうな。
 そんなこと、何となく感じるわけです。


 もう一つ、私は、感じることがあります。
 それは、この人は、男として生きようとしている、ということです。

 私の大好きな言葉に、
            男は感性一本で通す!
 という言葉があります。
 
 私には、氷室京介という男は、きっと感性一本で生きている!
 ということが分かります。

 だから、皆が惚れるのでしょう。
 男前なんですね、きっと。

 今、日本に少なくなってしまった人たちなんでしょう。
 だからこそ、必要なんだと思います。

 若い世代が、こんな本物たちの背中を見て生きてゆくことができたら、どれほど世の中が良くなるだろう。

 

 


 


  

 


 
by japanheart | 2011-01-21 19:44 | スタッフと想い | Comments(11)

思い出をつくる

思い出をつくる

 9月の中旬、数組のカンボジアのガンの子や障害のあるこどもに,旅行をプレゼントする。
 
 人は生きるにせよ死ぬにせよ、少しでも、どうせならいい思い出を持てるようにと思う。

 海外であれ、日本であれ、ガンの子どもたちそのの家族に思い出の旅行をプレゼントしたい。

 多くの企業や個人が賛同してくれて、寄付が集まってくれば、そのほとんどが無料化できる。

 そうでなければ、必要経費を患者や家族からもらわなくてはならない。

 その社会で,どれほどのことができるかどうかは、まあ民の力にかかっている。

 企業もエコに対する投資もいいが、こんな活動に投資してくれるところがないものか。

 ガンの問題は,日本人ひとり一人の問題だ。

 実際の病気をはじめ、肉体を救うための経費は国が保証してゆくしかないが、こころのケアは主に、私たち一般の人間の役割によるところが大きくなってゆくと思う。

 今年から、もっと力を入れて国内のガンのこどもたちとその家族に、いい思い出をつくってもらう。
 毎日毎日の過酷な闘病生活から少しでも離脱する非日常は子どもにとっても親にとっても大切なことだ。
 決まった場所ではなく、その家族が行きたいところへ、付き添ってゆく。
 

 この旅行を、より安全なものにするために、日本中に医者や病院のネットワークを構築したい。
 付き添いは、ジャパンハートの研修を1年以上終えた看護師たちがする。
 それを医者のネットワークが支える。

 1年後どうなっていると思う?

 

 
by japanheart | 2010-07-11 03:47 | スタッフと想い | Comments(3)