特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:病と人間( 26 )

赤ちゃんの運命

赤ちゃんの運命

 はじめに講演会のお知らせ。

 
【吉岡秀人講演会・開催】今、伝えたい「生きること」

日 時 2014年12月8日 月 16 30 18 00 開場 16 10 会 場 早稲田キャンパス 国際会議場第一会議室

 
さて、本日のブログですが、
 
 先日、2ヶ月の赤ちゃんのヘルニア(脱腸)の手術をした。

 病院側の麻酔に対する不安感のために私は手術を別の先生に任せ、麻酔のサポートに入ることにした。
 手術は、時間は大きい子どもよりも少しかかったが無事に終了した。

 しかし術後から、39度の発熱に悩まされる。
 術後の感染を疑い、抗生物質を投与する。
 2日後、解熱。
 ひと安心した。そして私はラオスに手術に向かう。

 3日後、ミャンマーに帰国。
 昨日はから再び39度の発熱状態だと言う。

 手術中に私たちが予期せぬ出来事が起こっていたのか??
 針で腸を刺したのかも??
 何らかの理由で腹水に感染が?
 点滴からの感染か?
 抗生物質アレルギーによる発熱か??
 
 お腹の触診所見はそんなに悪くないのになぜにこんなに熱が出るのだ??

 一体、熱の原因はどこにある???

 理屈がつながらない?
 何かを見落としている?

 子どもは既に1週間以上の発熱期間になり、ミルクを飲む力も弱まってきている。
 今日は一日中寝ている。

 親の顔もまさに不安に包まれている。
 このままでは大変なことになるのではないのか?

 レントゲンをとる指示を出す。
 一度目のレントゲン。
 子どもを横にした状態で撮影する。
 私が望んでいなかった体位での撮影で、ほしかった情報が集まらない。
 再び、スタッフに赤ちゃんを支え立たせた状態での撮影のレントゲンの指示を出す。
 夜、レントゲンを見せるように言うと、今日は撮れなかったという。
 医師と一緒に説明したが親が取りたがらなかったと言うではないか、、、。

 私は、そのスタッフに怒ったんだ。
 何かあったらお前が責任取れ!と言ったんだ。
 こっちは、もしもの状態を恐れながら一日中、子どものことを考えている。
 医学的にそれは大切な情報だという認識がないのだ。
 もしかしたら命を左右する大切な検査になるという認識もない。
 こっちは必死だった。
 申し訳ないけど親の一時的な感情に付き合っているほどこっちには余裕も能力もないのだ。

 そしてレントゲンが返ってきた。
 サブイレウス!(不完全腸閉塞)
 これか!!!
 ようやく熱源を突き止めたと思った。

 生まれつき腸の神経が一部欠損している病気(ヒルシュスプルング病)という病気の軽症タイプではないかと疑わせた。
 腸の神経がないと腸が動かず便がたまり、そこに細菌が繁殖し激しい腸炎を起こし、敗血症で亡くなる可能性もある。
 流れの悪い水溜りに薬をまいてもばい菌が繁殖するように、腸の中の細菌が異常繁殖するのだ。

 私は翌日日本に帰らねばならない。
 ぎりぎり間に合った!
 言葉の問題から私たちに上手く伝わっていない情報があった。
 実はこの赤ちゃん、生まれつき便が出ないために人工肛門を手術をして造られる予定だったらしい。
 親はそれを嫌がって無理やり病院を退院してきていたらしい。
 なんと、私がようやくこのこの熱源に気付いたその夜に家族がその時の入院中のレントゲンを持ってきたのだ。(早く言ってくれよ!!!と思った。)

 腸の動きをよくするためにいくつかの処置を行い便通は劇的に改善した。

翌日から一切熱も下がり、元気に先日退院していった。

 言葉の問題、習慣の問題、風俗の問題から上手く情報が集められないことはしばしばある。
 そのために医療のリスクは格段に上がる。

 それでも止められない。

 1週間、こっちもよく寝れなかった。
 本当に人の命を預かる仕事は気が重い。

 
 

 
by japanheart | 2014-11-24 10:42 | 病と人間 | Comments(0)

医療者って、悪くない

医療者って、悪くない

あなたがもし人助けをしたいと思っているのなら、医者や看護師などの医療者はお勧めの職業だ。
私が10歳代は、インターネットもなく、情報もほとんどなく、海外の人々のいのちを助けると意気込んでみても、どこで、何をすればいいのか皆目、見当がつかなかった。

そして何よりも世界が狭くなった。
これだけ航空機が格安で世界を飛ぶ日がやってくるとは。
まことにめでたいことだ。
人がお金を儲けるために混ざれば混ざるほど、戦争も遠くなる。

会社には社訓というものがある。
そこにはどこの会社もたいていは「社会に奉仕する、或いは役に立つ」という趣旨のことが書いてあるが、普通は自分のやっていることが社会にどのように役に立っているのかを自覚するのは難しい。
さまざまな経験を経てきて今は私の立場からは、医者も公務員も工事現場で働く人もさして変わりはしないと自覚できるが、若い世代の人たちにそれを自覚せよといっても無理な話。
 自分が作るたった一つの工業製品が、いかに社会の役に立っているといわれても、心の底ではそんな自覚はない。
ゆえに、毎日が怠惰になってしまう人が出てしまうのも分かる気がする。
 しかし、人間は社会とのつながりを忘れてしまうとどこにいても、生きがいをなくす。

 日本の病院でいのちに向き合う現場でも、「それは私の仕事ではありません」という人が多い。
ジャパンハートの医療現場ではそれは言わないことになっている。
 それもこれもすべて自分の仕事なのだと、自覚するようにと教えている。
 
私の最近の考えでは、自己評価の低い人間は仕事を拒否する傾向が強い。
社会とのつながりの自覚も薄い。
 
いい医療者になりたければ、誰でもなれる。
志、次第だと思う。
 自己評価を高く持ち、社会とのつながりをしっかりと自覚する。
自己評価というのは他人が与えてくれる評価の総和の自覚に他ならないから、しっかり他人のために奉仕する。
 そうすれば、たいした技術などなくても自己評価を上げることができるようになる。

 
 医療者は、もっとも簡単に自己評価を与えてくれる職業だ。
 人が相手の職業のいいところは、そこにある。
 
 若い頃、幼い頃、どうしても自分の自信が持てない人や、親に否定的に育てられてしまった人、教師にバカにされてすっかり自分が信じれない人、そんな過去のある人は、医療者がお勧めである。
まじめに、一生懸命やれば必ず、自分のことを評価できるようになる。


 
 

by japanheart | 2014-03-11 03:01 | 病と人間 | Comments(0)

こころを救うという行動

こころを救うという行動

 こころを救うというということを具体的にすることは難しい。
 私が20年以上医者をしていて、私にとっての目指す医療とは、結局そこだった。

 肉体が救われていてもこころが救えないのであれば、本当に医療を施したことになるのだろうか?
 脳死の人間を無理矢理作り上げたとて、本人にとってそれは幸せなことではないだろう。
 いのちはつながりがあるから、脳死の状態であっても生きていてくれればいいと、家族が思えるのであれば、それはまた意味のある生かもしれない。
 しかしながら患者本人は、本当はどう思っているのだろうか?

 患者の病気を治すことで、こころが救われるということは、きわめて大切なことではあるが、治せなかったとしてもこころが救われるているという現実があれば、それはそれで立派な医療というのが私に意見だ。

 すべての患者の病が治せるわけではない、という現実から出発すると、病を治すという行為そのものよりも、医療という行為を通してこころが救われたのかどうか、ということが最終的に残るあり方かもしれない。

 今、ミャンマーで生まれつきの腸と膀胱の奇形で、おなかの壁からおしっこと便が垂れ流しになっている女の子がいる。
 姉弟は二人。
彼女には弟がいる。
 弟は、脳性麻痺になっている。

 親は死に、やがてこの女の子が生涯この弟の面倒をみていくことになるだろう。
 その現実はまだこの子にはわからないが、それでも私たちにはそのことがわかる。

 この子にはどんな運命が待っていようと、自信を持って生きてほしいと願っている。
 もっと言うと、自分の人生を信頼して生きてほしいと。
 自分が子どもの時に、自分のために多くの日本人が力を貸してくれたのだという自信、世の中に対する信頼が、やがてこの子の生きていく力に変わる。
 苦しくなったとき、弟の存在が重荷になったとき、きっと彼女は思い出すことだろう。
 幼い頃、見ず知らずの自分のために、見ず知らずの多くの日本人たちが力を貸してくれたのだということを。

 それが、今回の企画で私が求めている結末だ。
 最終的には病気など治らなくても良いのかもしれない。
 病気を抱え、上手くつきあって生きていくのも一つの生き方だから。

 しかし、そんな病気を抱えて生まれてきた自分の運命を呪いながら生きるのはやめてほしいのだ。
 だから、そんな病気を抱えていても生きていく力を与えてみたい。

 私はそんな願いを込めている。

 彼女の名前はNi Ni Min Lwin ニーニーミンルィン 2005年12月10日生まれの6歳の女の子
 興味ある人は以下をみてほしい。
 一人の少女の『心』を救うためのプロジェクト

 
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by japanheart | 2012-02-26 20:56 | 病と人間 | Comments(2)

患者の視線

患者の視線

 先日、ある村で診察を待つ患者やその家族。
 いつものことだが、彼らは日本人以上に目でものを言う。

 それは習性か、必ず何か伝えたいことがあるときは視界の中に現れる。
 そして目でものを言う。

 重病の患者も、子どもの治療を望む母親も、皆そうする。

 だから目を合わさないようにしている。
 こっちに向けられた熱い視線に、いちいち笑顔で応えていたら、身が焼かれる。

 先日の診察の続き、、。
 一人の30歳代の女性が、熱い視線、そして懇願するような意識を向けていた。
 たいてい、本当に助けを求めている人間の視線は分かるようになった。
 この女性のような視線が、それ。
 視線に、ある種類の意識が乗っかる。

 この女性は、多分、肝臓からでる胆管や膵管に異常がある。
 膵胆管合流異常という病態だと思う。
 大きな腫瘤が、おなかに触れている。
 いくつかの検査をしてはいるが、治療をするお金はとうていなく、そのまま放置されている。
 この女性には、何人か子どももいる。

 もし、治療しなければ、膵炎で死ぬか、感染で死ぬか?
 あと数年という期間は無理だと思う。

 治療しなければならない。
 しかし気が重い。
 技術的なこともさることながら、あまりにも設備の面で、きびしい環境にある。
 しかし、何度か、同じ病気をこの環境で手術してきた。
 何度やっても、生きた心地がしない。

 でもやらないといけない。
 自らのいのちを削っているような作業だと、いつも思う。

 多分今回は、この手術が入る。
 あと数日後。

 多くの仲間がほしいと思う。
by japanheart | 2010-09-24 23:54 | 病と人間 | Comments(1)

夜の病院で

夜の病院で

 手術のミッションの最終日の夜11時頃、私は真っ暗になった病院を後にしようと、病院の出口にさしかかった。
 その時、ニ人の人影が私の前に現れた。

 一人は顔が火傷で解け胸と顔が引っ付いてしまっていた18歳の女性。
 1年以上にわたって手術を繰り返し、もう一息で正常に近い状態に戻るところまで来ている。

 もう一人は生まれつき右腕が巨大な脂肪増殖でで肩の部分から逆の腕の3倍以上に大きく太くなり、3本の指は20倍以上に巨大化してしまっていた16歳の少女。
 3度も手術を繰り返し、ようやくシャツに腕が通るようになった。巨大化した指は、切断しもう隠すこともなくなった。

 この二人が私の元に跪き、何度も拝み始めた。
 ミャンマーでは心からの感謝を示すときにとる姿勢である。
 最初の頃は、私も何となく違和感を感じたが今は慣れてしまった。
 感謝など無用の私であるが、彼らの今の心の状態を知るにはいい機会だと思っている。

 全く神が創ったようにはいかないまでも、少しは普通に近づいて、それを彼らがどの程度満足しているかを知りたい。
 それで彼らが隠れたり、卑屈になったりして生きていかないでよければ、それがひとつの治療のゴールの目安になる。
 患者の本心を知る。患者本人も知らない心の声を聞く。

 医者の欲求でもう少し完成させたいが、二人ともこのあたりで結構ですと言っていた。

 吉岡ー大村ー安井ー神白と4代1年半の間、医者が順番に治療をつなぎ、ようやくそこまで来た。

 ここに短期的関わりではできない医療を実現している。
by japanheart | 2009-02-21 01:08 | 病と人間 | Comments(1)

感謝のしるし

感謝のしるし

 先日亡くなった27歳の女性の家族から、死後3日目に食事に呼ばれた。
 私が4日にヤンゴンに向かっていかなくてはならないために、早めに呼んでくれたのかもしれない。しかしいつもこのくらい早く食事の誘いはある。
 ミャンマー人はどうもせっかちで、こんなときでもなぜか早く早くという感じがある。

 死に対してはとても淡白に感じるが、それも死というものが日常に溢れているからに他ならない。
 昼頃から約1時間のものだったが、家族みんなが集まり総勢15人ほどで私たちの食事をお世話してくれた。
 その間も悲しい雰囲気など微塵もなく、その場は常に笑いに溢れていた。どうせなら自分の死後もこのように家族にはいてほしいと思う。
 暗いのはごめんだ。死んだ後まで家族を悲しませたくはないからだ。

 食事の後に、彼女のお父さんが私たちに、是非使ってもらいたいといって100000チャット(約1万円)を寄付してくれた。
治療を受けれない子どもたちのために使ってくださいといってくれた。

 有難い話だ。

 こんなお金でこの活動を満たしてみたい。できればミャンマー人たちのお金だけでまわれば理想的だ。

 そんな日が近い将来来るような予感がする。
by japanheart | 2009-01-12 06:19 | 病と人間 | Comments(2)

患者搬送に悩むーその4

患者搬送に悩むー4

 そして、結末を迎える。

 おそらく家族は、安井先生の考えと自分たちの考えが、かみ合わないことを理解していたのだろう。
 どうしても、なんとしても、医学的な意味、現実の厳しさなどという、理屈は飛び越え、精神的な世界観の中にいたのだろう。
 
 日本への搬送を諦めたのか、父親のコネを使いミャンマー国際航空で無理やり、タイのバンコクに搬送してしまった。

 今はどうなっているかはわからない。

 医学は、所詮、人間が使う業。
 理屈どうりには行かない。

 医は仁術とは、やはり心と身体を共に掌握することが必要のようだ。

 この辺は、若い先生たちより、私のほうが一日の長があったようだ。
 なぜなら家族は、私の予想どうりに動いたからだ。
by japanheart | 2008-11-28 01:27 | 病と人間 | Comments(1)

患者搬送に悩むーその3

患者搬送に悩むー3

それで、、、

 安井先生は、患者のことを考えて、おそらく渡航をやめ、ミャンマー国内で治療を続けてゆくように説得したと思う。

 別の場所にいた神白先生も、ほぼ安井先生と同じく、渡航には反対であったようだ。
 医学的にも患者のためにはならないわけだから。

 もうひとりの医師、大村先生は、家族が全ての手配を独自に整えるならば、搬送に協力してもいいと考えていたようだ。

 それぞれの立場で、考えが違う。
 ここからは医者としての哲学の問題で、それを押しとうす覚悟があるかどうかにかかっている。

 私は実際どう考えたか?
 私は、極めて搬送には、この命を懸けた親のための精神的な搬送に好意的であった。

 なぜか?

 おそらくこのまだ若い22歳の女性の患者は、意識が回復する、身体が元のように動くようになることは不可能のように思えた。人の命は、自分ひとりのものではないという、考えが私の根本にはある。人は多くの縁起の中で、互いに影響し、影響され、助けられ、助けながら存在している。彼女の命を、独立したひとつの命とみるか、自分を含む多くの命のひとつとしてに成り立っているか、どちらを自分の医師としての哲学として持っているかにかかっている。
どちらも間違ってはいない。

 彼女を診に行ったとき、彼女の父親が、22歳の彼女の顔を覗き込み、おでこが触れ合うような距離で、思いっきりの笑顔で微笑んだ。当然、彼女は無反応だったが(心では反応していたかもしれない)。
 そのとき、彼女はこの家族の一部だと思った。
 生も死もこの家族と共にあると思った。

 だからこの搬送で、たとえ死を迎えることがあってもいいような気がした。
 今の場所にいることで、ある程度の確率で、元に戻るなら私も搬送に反対したと思う。
 おそらく近い将来、かなり厳しい状態が予想される彼女の人生という、条件下の結論だった。

 私の中で、彼女の人生に、時間軸を未来に向けて引いてみたのだ。

 悲しいが、現実を受け入れたときに、家族が選択するこの行動の意味もまた理解したいと思った。


 そして、、、。
by japanheart | 2008-11-27 01:27 | 病と人間 | Comments(0)

患者搬送に悩むーその2

患者搬送に悩むー2

 しかし、、

 家族の思いは真剣だった。それはそうかもしれない、たった一人の娘、まだ22歳。
 だめでもいいから、今の状態を適切に診断してもらうだけでもいいから、日本に搬送してやってほしいと懇願していた。
 いくつかの問題があった。

 まず、1)日本までの搬送で、命は大丈夫か? 2)こんな状態の患者を、航空会社は乗せることを許可するのか?3)治療費や診断のための金銭的な問題はないのか?もっと根本的には4)医学的にメリットはあるのか?すなわち、それで患者がよくなる可能性が高いのかということだ。
それ以外ににも、ビザの問題や付き添いの問題、さまざまある。

ここまでの状況の中で、それでも私は前向きに検討したいと思っていた。
しかし、私には時間がなく、日本へ帰国せねばならず、この後の交渉を含めた調整を、安井先生に任せた。

 翌日、再び彼女を安井先生は診て、同じように医学的にはほとんどメリットはないという結論だったようだ。また彼が日本の、専門家にもメールで相談したようで、結論は大同小異というところだったようだ。

 それで、、、、
by japanheart | 2008-11-26 00:50 | 病と人間 | Comments(0)

患者搬送に悩むーその1

患者搬送に悩む-1

 ある男性が、サガインの病院に私を訪ねてきた。
 ヤンゴンにいる娘が、瀕死で病院にいるということだった。
 娘は、SLEという難病で、今はどういうわけか、ほとんど意識もなく、寝たきりになっているらしい。意識もあまりはっきりしないようだ。

 この父親は娘を、最後の頼みとして国外に連れ出したいということのようだ。
 日本には、妻の弟、すなわち娘のおじさんとこの娘の実の兄がいるようだ。
 時を同じくして、日本の事務局のほうに、この兄から連絡があり、是非、妹を助けてほしいと電話もかかってきていたようだ。

 日本に一時帰国する前の数時間に、この子をお見舞いする形で、診に行った。
 状態は、、、、、。
 悲しいかな、もっと前に相談があったならという状態であった。
 意識は、なんとか目の前の状況がわかっているかどうか?というところ。
 ほとんど体は麻痺しているようだが、少しは口から流動物か何かは食べれて入るようだ。

 カルテには、現地の医師が既に SLE: End Stage(末期)
と記載している。

 
by japanheart | 2008-11-25 23:46 | 病と人間 | Comments(0)