特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:子どものこと( 48 )

人生のしわ

人生のしわ

 昔、もう15年ほど前、顔の奇形の子供に手術をしていた。
何度やっても、上手くいかず、自分の力のなさを恨んだ。
 どうすれば上手くいくのだ、と夢の中でも考え続けた。
たった4時間の睡眠時間しか毎日なくても、寝ている自分が、見ている夢の中でまた自分が寝ていて、そして夢を見ている。そこで一生懸命、その子の手術を行っている。ああでもない、こうでもないと苦心していた。
翌朝起きて、その子供の手術を、再び行う。やはり上手くいかない。


 時間が経ち、結果が出て、親の顔が曇る。私の心が曇る。その子の将来も曇る。
 私がもう少し、力があったら、と何度もそう思った。

誰も頼れず、誰も教えてくれない。異国の地で、たった一人だった。

あの子は今どうしているだろう?
いつもかつていたあの町のそばを、車で通り過ぎるとき、あの子供を捜したくなる。見つけ出してもう一度、手術をやらせてもらいたい。

時間は逆には戻せない。
私は誰よりも、多く敗戦を経験している投手のようなものだ。

その昔、日本のプロ野球でもっとも敗戦を喫した投手は、もっとも多く勝利した投手でもあった。
おそらく私も、そうかもしれない。多分、多くの勝利をあげていることだろう。

しかし、いつも思い出すのは負けたときの自分とその患者たちのストーリーなのだ。

もしかしたらこれが価値ある、「人生のしわ」なのかもしれない。
by japanheart | 2008-05-03 00:17 | 子どものこと | Comments(0)

寄付金のこと

寄付金のこと

 先日地方から東京に向かう飛行機の出発を待っていた時、ある中年男性に声をかけられた。その人の顔ははっきりと覚えていた。
昔、私が主治医を務めた小児癌で亡くなった5歳の少年の父親だった。
長い3年余りの闘病だった。途中、転移で目が見えなくなっても、最期まで明るい少年だった。

 実は3年前、この子供の名前で、寄付のお金が振り込まれていた。金額は7000円だった。私にはすぐにあの亡くなった少年の家族が振り込んでくれたのだと分った。
有難かった。
しかし、その時の私には少し中途半端なその金額の意味が分らなかった。

あれから3年、その意味を知ることになる。

その父親が語り始めた。
「あの子が死ぬまでに貯めていたお金が、7000円ありました。そのお金を使っていただこうとそのまま寄付させてもらいました。」

5歳の子が、一体、何を買おうと楽しみに貯めていたのだろうか?
そんな大切なお金を頂いていたのだ、改めて気付いた。

そんな大切なお金をどうしていい加減に使うことができるだろう。

それぞれにそれぞれの思いで出していただいたお金は、その人の心を乗せて私たちが大切に使いたいと再確認した出来事だった。
最近、その想いが緩んでいたのだろうか?
天からの声だと、思った。

寄付のお金は、できるだけ現地に届ける。
その人たちの人柄や顔や思いを知っているともっといいかもしれない。

今日、ある看護師と話していて思った。
寄付のお金は、恐ろしいと。
時にこちらが、苦しくなるほどの想いを乗せたお金もある。

いい加減になど使うことが出来ない。
by japanheart | 2007-12-14 00:27 | 子どものこと | Comments(0)
子どもを救うということ-2

20歳代の女性で、腎不全、尿毒症の状態が続き、あとこのままでは余命いくばくもない患者が来た話の続き。

 大きな手術を出来ないことから、とにかく腎不全を改善する必要があった。
腰椎麻酔のみで、側腹部を少しメスで空け左右の腎臓を突っ切って腎盂という尿管にチューブを留置して、しばらくおしっこがここから出てくるようにした。
約1月間、ののままその状態を続けた。
 おしっこが正常に出だしたことで、腎機能は少しづつ改善し、正常に近づいた。

 そしてお腹を開け、両方の完全に詰まった結石を取り除き、膀胱を開け尿管から膀胱を突っ切り皮膚へ貫けるチューブを挿入し、手術を終えた。
 それからさらに1月後、身体に入った5本のチューブは全て抜け、無事元気に退院していた。

 この女性には1歳くらいの子どもがいた。
家族は来た時おそらく多分長くは持たないだろうと思っていたと思う。それほどひどい状態だった。
 この女性の子どもは、いつも病院に一緒にいて、親の状況は知る由もなく無邪気に遊んでいた。
時々、女性のベッドの下にこの子がいた。何やら物を持って遊んででいるようだった。
 看護師さんたちにも愛想がいいためかとても可愛がられていた。

 母親を失った子供は寂しい。ここの人たちも、麻酔の切れるころに殆どの人は、大人も子どもも「アメー、アメー(お母さん、お母さん)」無意識に叫んでいる。

 この子はこれからもこの母親と共に、ずっと生きていけると思う。
 この子がもうすぐ物心つく。母親の記憶をしっかりと持って生きていける。
by japanheart | 2007-11-12 01:11 | 子どものこと | Comments(0)
子どもを救うということ-1

 私は今までこのブログのタイトルのごとく、子供を救うとは、すなわち病気の子供たちを治療で助けていくことだと思っていた。

 しかし、今回ある患者の治療をきっかけにこういう子供の助け方もあるのだということを悟ったので、ぜひ皆さんと共有したい。

 あるときお腹の腫れ上がった20歳代の女性が歩けないくらい苦しんで私たちの元にやってきた。お腹には大きな腫瘍があり、全身状態は殆ど末期的状況がもう目の前だった。
 超音波やレントゲン検査の結果、大きな尿管結石が両方ともの尿管を塞ぎ、ひどい水腎症で、尿毒症を呈していた。慢性腎不全になっていた。
 確信を得るために大きな町の病院で、CT検査を受けさせる必要があったが、患者は貧しさゆえそれが出来なかった。
そこで私は、大村先生・神白先生・福田先生そして看護師さんたちに声をかけ、みんなからお金を集めそれでCTを撮らせた。皆、患者のために快くお金を出してくれた。

手術をする体力はおそらく残っておらず、何とか腎不全の状況を改善するしかなかった。
今手術をするとおそらく術後、死んでしまうように思えた。
by japanheart | 2007-11-08 00:45 | 子どものこと | Comments(0)

何も知らないということ

何も知らないということ

今日、外来に2歳の男の子が母親に連れられてやってきた。1月以上前からお腹が膨れていたらしい。
診察してみると、左の上腹部に大きな固まりを触れる。

超音波をしてみる。かつて日本で小児医療に関わっていたころに見たことがあるエコー像だった。
おそらく、WILM'S 腫瘍に間違いないだろう。子どもに多い腎臓からでる悪性の腫瘍のことだ。生存率はけして良くない。特に今回のような場合には手術だけで助かることは少ないと思う。
私の手元には抗がん剤はない。あっても外国人の私には使わせてもらえないだろう。

仕方なく、大都市の小児病院に行くように紹介状を書いた。いつものむなしい作業だ。
書いてもお金の問題から行かない人が多い。行ってもお金が足りなくなってやがて村に帰っていく。
この子は村の子。親の身なりも貧しい。

手術をしても再発してくる可能性が大きいのなら、本気で治療するか、何もしないかのどちらかが良いと今は考えている。運命は何もしないという方向に傾いている。

この子も親も病気のことは何も知らない。ただお腹に固まりがあるとだけ説明した。
この国でがんであると宣告することは、全ての可能性を否定することと同義だ。
この子はもちろん、親も誰も何も知らない。
帰り際、子どもが母親の背中に抱きつき、とても心地良さそうに顔をうずくめている。
背中と子どものお腹がしっかりとくっつきこの親子の絆を見るようで幸せだった。
あと少ししかこの親子には、この時間は残されていない。

そして、私だけが今、この子の未来を少しだけ分っている。
by japanheart | 2006-08-23 23:19 | 子どものこと | Comments(5)

奇形腫の子供

奇形腫の子供
今日は先天異常の仙尾部奇形腫の手術を行いました。
腫瘍の重さは恐らく500gから700g位です。
患者は3歳の女の子です。
結構遠いところからこの子もやってきました。
この腫瘍はお尻の仙骨や尾骨の辺りから出た巨大な腫瘍です。
よく悪性化した腫瘍になり時に命を失います。
私たちもようやく体制を整えて、腫瘍を取ることが出来ました。
もちろん家族はその性質を全く理解はしていませんでしたが、その形態の醜さやそこから出てきている膿のような液体に悩まされながらココまできたのだと思います。

何もはっきりは分かっていないようなこの子が、これからは命の心配もすることなく生きていけるということは、とてもいいことのように思います。
この子は一体誰に治してもらったかも将来分からず、私たちも感謝もされず。
それがとてもいい。
私はいつもそんな生き方がいいのだと思っています。
たとえどんないいことをしても感謝されない、そんなことも期待しない。
ただ自分の心が、正しいと信じることだからやる。
そんな生き方がいい。


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by japanheart | 2006-03-24 04:44 | 子どものこと | Comments(0)
子供のいのちの重さーその2
手術用ベッドに静かに寝かされた12歳の少女は、痛みに耐えながら上を向いていました。
ゆっくり腰から麻酔薬が注入され、その後、血管麻酔薬が打たれました。
大変な手術になりました。
5時間を超えた手術の末、ようやくこの少女の運命が死から生へその舵を切り返しました。
大きな石が総胆管を圧迫し、胆嚢も閉鎖していました。
生まれつきこの肝臓からでている管が、すい臓から出ている管も合わせて異常であり、それに貧血を起こす病気も抱えているようです。

この管も激しい炎症が起こったために癒着が激しくなかなか大変な手術でした。
途中2時間を過ぎた辺りで、腰から打った麻酔が切れ、ガス麻酔に切り替えました。これはつい数日前、東大阪中央ロータリ-クラブが寄贈してくれたものでした。
本来、このような手術は呼吸をはじめ筋肉の動きを止めてやるべきものですが、私たちは人手の関係でそれが出来ないのではじめから腰からの麻酔を選択していました。しかし、手術が予想以上に困難だったために仕方なくガス麻酔を使い、呼吸は止めずに意識と痛みのみをとるという方法で手術を続けました。

総胆管という肝臓からの管を切り開き、続いて十二指腸を切り開き、最後に胃に穴を開け、内側からお腹の壁に縫いつけました。肝臓から十二指腸、そして胃へと細いチューブを通して、お腹の外に胆汁という消化液を導いています。

今、手術後4日目、この少女は元気です。
今更ながら、一人の人間の命を助けるという作業は大変なものだと感じています。
by japanheart | 2006-02-25 23:03 | 子どものこと | Comments(0)
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子供たちは仲良くやっています
看護婦さんと写っている女の子と男の子は入院が少し長くなった子供たちです。先天奇形の手術をしました。どうしても傷の具合によっては長くなってしまい、1月くらい入院するようになります。子供はどこでもそうかもしれませんが、すぐに仲良くなってしまいします。
看護婦さんの後をずっと2人でついて回ったり、いつもイスに座って川を見ながらおしゃべりしていたり、一緒にご飯を食べていたりと。このうちどちらかが退院してしまうと、もう一方はおとなしくなって、数日もすると自分も退院すると言い出します。こちらとしては、子供の状態もさることながら、その辺のバランスも考えて2人を順次、退院させていきます。
by japanheart | 2005-10-08 21:16 | 子どものこと | Comments(0)

かわいい女の子

かわいい女の子
この子供は、足に火傷をい、長い間そのままでした。足の甲から膝までの瘢痕はひどく、かかとで歩くような感じになっていました。こちらの施設で出来うる限り瘢痕を切除し、ひきつれを取る手術をしました。
長い間消毒に通い、ようやく治って帰りました。普通の人と同じというわけにはいきませんが、だいぶ良くなりました。
この女の子はとてもかわいい、はにかみ屋の子供でした。笑顔がとても可愛く、看護婦さんたちも皆、とりこになっていました。1日一回の消毒に看護婦さん達はこのかわいい女の子に笑ってもらえるように、頑張っていました。e0046467_11103570.jpg
by japanheart | 2005-10-05 11:10 | 子どものこと | Comments(0)
病院のまわりの子どもたち
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病院のまわりにもたくさんの子どもたちがすんでいます。彼らは公園もなにもないこのような土地で一体何をして一日を過ごしているのだろうかと思います。私にはよくわかりませんが、子どもというものは何かしらして遊んでいるものだと思います。いわゆる私がよく見かけるのはかくれんぼ・凧揚げ・ゴム跳び・けんけんぱのような遊びです。これに野球を入れたら本当に昔の日本と、僕らが子どもの頃と同じではないかという感じです。みな楽しそうで、大人の私から見ても羨ましくなります。日本の子どもたちがもしこんな風だったらさぞかし大人たちは心温まることでしょう。遊びを通した子ども同士の関係の中からきっとたくさんのことを学んでいるのだろうと思います。そういうことはテレビゲームからは決して教わらないことなのだろうと思います。年長に対する尊敬や日本語の敬語のこと、或いは仲間と協調すること、遊びの中にはそのようなことがたくさん詰まっているように思います。

by japanheart | 2005-09-30 23:54 | 子どものこと | Comments(0)