特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:子どものこと( 48 )

やってみるか、甲状腺ガンーその1

 先日、カンボジアから日本に来た13歳の甲状腺ガンの女の子。

 現地では、これは治療できないと、一番レベルの高いといわれている子どもの病院で追い返された。

 それから腫瘍は少しずつ大きくなって、今では肺に転移をしている。

 せめて、治療が無理なら、いい思い出だけでも持っていてほしいと、今回の旅行を企画した。

 新日本製薬という会社の協力で、本当に彼らは幸せそうに旅行でき、14日、全ての行程を無事終え、カンボジアの帰国の途についた。

 帰る前の日、この子の母親が、娘がこんなに笑ったり、うれしそうにしている姿をみれてうれしい。
 最近は、首の腫瘍のことを気にして、笑わなくなっていた、と語っていた。

 私は、たとえば、チェルノブイリの原発事故だとか、イラクの劣化ウラン弾だとかいう事態の場合、このようなガンが多発する状況下では、治療をするための用意を進めていくことが正しい。しかし今回はそうではなく、自然発生した甲状腺ガンで、その数は決して多くはない。だから、かける費用とリスクに比べて効果はあまり大きくはない。だからこそ、治療できないのなら、せめて思い出の旅行の企画をするのだと理屈っぽく思っていた。

 まあ、理屈的には、間違ってはいないと思う。

 今まで、多くのガンの子を日本で受け持ってきて、その治療の長さと大変さは身にしみているから。

 それに、日本で治療するとして、何度も往復しながら、費用をかけるとすると、とてもそれをやる気にはならないのだ。一体、全ての治療を日本でするとなると、何千万?かかるのだろうか?費用は、治療費だけにとどまらない。通訳や日本人スタッフの付き添いなど、結構、馬鹿にならない。

 子どもには気の毒だが、仕方ないと思っていた。
 そう、そう思おうとしていた。
 
by japanheart | 2010-09-16 23:35 | 子どものこと | Comments(0)

あの子のこと

あの子のこと

 ひとり気になる子どもがいる。
 手術を何回かしたが、結局上手くいかなかった、悪性腫瘍の子どものこと。
 この国では、悪性腫瘍はたいていの場合、助からない。
 抗がん剤等の治療を受けるための知識もなければ、金もないという状況があるからだ。

 その子どもはその腫瘍を手術で全て取りきることすらできなかった。
 その後、腫瘍はどんどん大きくなっており多分近い将来、死ぬ。
 年齢は13歳。

 もうすぐ死を迎えるこの子と家族、特に母親のために何かを残したい。
 母親は、この子ががんで、もう治療を何もできないのだと説明したあとも何度も病院にやって来て、何がしかの薬をもらってゆく。
 痛みのコントロールもままならない。
 母親というのは、こういうものなのかもしれない。その行動が痛々しい。
 先進国日本で子どもを痛めつけている親の話をよく聞くが、何が先進なのか?現地の母親たちに対して完全に文明力は劣っている母親が多いと思う。

 今度、現地でジャパンハートのスタッフがこの家族と共に、最初で最後の思い出の旅行を企画する。
 おそらく行き場所は敬虔な仏教徒の彼らが最も望むであろうミャンマー仏教の聖地バガン。
 現地でお坊さんたちに、この子と家族のためにお経をあげてもらおう。
 生まれ変わりを信じる彼らのために、元気ないのちとして再び転生できるよう、祈ってもらおう。

 この母親が、この子とことを思い出したとき、いつもその記憶がよみがえり、少しは心救われるように。
 
 残り少ないこの子の人生の中で、少しでもいい思い出ができますように。
by japanheart | 2010-04-24 23:30 | 子どものこと | Comments(3)

脳瘤の子どもたち

情熱大陸でも映し出されていた脳瘤という病気。
この子どもたちをこちらでも手術しはじめた。
驚くべきことに、というところであろうか、しかし既にそんなことは当たり前になってしまったが、
方々からこの病院に、脳瘤の子どもたちが集まってきている。
人から人へうわさが駆け巡り、こんな状況になってしまった。

2月の手術ミッションは、毎日1人づつは脳瘤の子どもを手術しなければいけなくなりそうだ。
なんとなく、複雑な気分だ。
ちょっとストレスを感じているということだろうか。

程度のひどい子は、CTをとり、頭に水頭症のためのチューブを入れ、それからようやく手術という運びになる。もちろんすべての費用は、子どもたちは無料になる。
無料といっても、この病院は私達の病院ではないので、治療費は子どもたちに請求される。
その費用をすべて私達が代わりに払う。
もちろんそのお金の出所は、日本からの寄付ということになる。
このようにしてうまくお金は回っている。

今日、ふと私がもう3人ぐらいいればいいなと思った。
外来を何時間も待って座っている子どもや患者たち、手術を何カ月も待たなくてはいけない患者たち。

こころから申し訳なく思っている。
by japanheart | 2010-01-27 11:11 | 子どものこと | Comments(8)

退院

退院

 生後10日目の腸閉鎖で人工肛門を造った子どもが、昨日無事退院した。
 これからこの子は、何度かの手術を受けなければならない。

 でもとりあえず、いのちをと取り止めたので、未来が開けた。
 今まで何度かこのような子どもを現地でも見てきたが、多分、多くの子どもが医療のアクセスから漏れ、亡くなっていることだろう。

 私たちのしていることは、相変わらず非効率でいっこうに成果が少ない。まあ、しかし、医療というのはそういうものであるのだろうと思う。
 効率化を求めるあまり、人のこころが置き去りにされてい行く場面も多い。

 お金も人も持ち出しで行われる海外で日本人が行う医療は、日本社会の医療の中にあるもっとも成果のない非効率な医療なのかもしれない。
 だからこそ、文明度が高くなければならないし、文化度も成熟を要求される。

 高い文化や文明度をなすものは、その内にそれを宿していなければならない。

 だから普段からいい経験をつみ積み重ねておかねばならない。
 いい音楽を聴き、いい絵を観て、いい人たちと交流する、とか。

 どれも大切なことだ。
 ひとつひとつが、その人の文化になる。
by japanheart | 2010-01-15 10:41 | 子どものこと | Comments(1)
この国でも、どこの国でも

 この国では、多くの子どもたちが、日本に比べて亡くなってゆく。あるいは障害を抱えたまま生きてゆかねばならない。

 このような状況だから、子どもを亡くした親も、昔の日本でそうであった様に、それが子どもの運命だったと、自分にも言い聞かせてその死や障害を納得しようとしている。

 でも、たぶん本当のこころの中は違う。と思う。


 今日外来で、水頭症で髄膜瘤の1歳位の子どもが母親に抱っこされていた。

 水頭症の為、頭は普通の子どもの1.5倍ほどに大きくなっている。
 また髄膜瘤(背中の骨が生まれつき割れていてそこから神経の一部が皮膚直下まで出てしまっている病気)のために下半身は麻痺して、生涯たぶん動かない。

 そしてこれは想像だが、たぶんお金が無くて病院にはかかれないでいた。この親だって、この子が普通でないのは分かるから。

 水頭症を治さなければ、どんどん頭は大きくなる。そしてそのうち死ぬだろう。
 この病気には、脳内に溜まった水をお腹の中にチューブで流し、お腹の中で腹膜を通して吸収させる方法を取る。この病気に時々遭遇する私は、何とかこのチューブをこの国で手に入れようとしたが、店は外国人には売ろうとしない。何か起こったときに責任を取るのが恐いのだろう。

 仕方ない。
 私には何も出来ないということだ。


 今日、その子どもを抱く母親に、治療の話をし、その治療ができる現地の病院に行くように言った。
 治療費をこちらで何とかするからと、付け加えた。

 まだ若い母親から止めどもなく、涙が流れ落ちていた。

 この国でも、親は親。
 我が子のいのちは、運命だから、という想いでは割り切れない。

 何年か経って、多分私はこの親子の事は忘れていることだろう。
 しかし、この母親は、多分、日本や日本人のことを大切に思っていてくれるだろう。

 
by japanheart | 2009-10-17 03:22 | 子どものこと | Comments(2)

Sad story されど

Sad story されど

 さらに欲深い私の話を。

 いつかシャン州という北の地域でわずかなお金で売られてゆく子どもたちの話を書いたことがある。

 ジャパンハートのスタッフ;マトゥーザは親がエイズでなくなってゆく子ども達を自分のわずかな蓄えで今まで面倒を見てきた。約16人の子ども達を彼女は面倒を見ている。
 多分それが彼女の精一杯の出来ることだと思う。

 先日、彼女が私にある話をした。
 彼女が2人の子どもを引き受けるという話。
 子ども達の母親はすでにエイズで死に、今、父親もエイズで先が長くない。
 この子ども達はもともと4人きょうだい。
 一番上の子は母親が亡くなったあと、父親の知り合いの村長の知人という男性が面倒を見るということで引き取っていったそうだ。
 いつでも会いたくなったら会いに来ていいと、住所を書いた紙を手渡したそうだ。
 父親は、何かの時に村長と一緒にその住所に行く。しかし、、、、。
 何もなかった。
 村も、娘も、何も。
 全てうそだった。

 今、その娘はどこにいるのだろうか?

 二番目の子どもはクリスチャンの神父が面倒を見てくれているそうだ。

 三番目と四番目の子ども達を彼女が面倒を見る。
 父親が、自分がまだ生きている間に、子ども達を彼女に引き取って行って欲しいと頼んだそうだ。
 安心して死にたいと。


 さらに欲張りの私は彼女の人生にも乗っかった。
 彼女と共にヤンゴンに大きな施設をつくりたいと思う。
 今年中にやる。
 このような子ども達を引き取り、学校を出し、職業を与えるところまで何とか面倒を見たい。
 もっともっとこんな子どもたちがいる。

 彼女は人生をかけてこのような子ども達の母親になってくれる。
 だから安心している。
 私は喜んで彼女をサポ-トする。
 きっと、彼女が子ども達を幸せにしてくれる。
 
 
by japanheart | 2009-09-15 01:52 | 子どものこと | Comments(1)

子ども手術のこと

子ども手術のこと

 
 ネットに全くつながらず、ブログの更新もままならない、そんな国で。
 4月の活動休止、例年の1週間ほどの小休止にむけ、現在手術を制限してきている。

 最近は大きな手術は5月に皆押し込んで、子どものヘルニア、大人のヘルイア、あるいは簡単な形成の手術などを手がけている。
 私は長年このような不遇な環境で手術を行っているせいで、手術が早い。
 早ければ良いというものでもないが、早くしなければいけない事情は今の私たちには大いにあるのでそうなった。
 子どもの手術は日本にいるときは必ず全身麻酔で、大人のヘルニアなども脊椎麻酔でやるのが普通だった。

 が今、私は共に局所麻酔のみでやっている。
子どもは局所麻酔を打つ間だけ、少し眠らせて、手術中は5歳の子どもでも話しながら手術している。
 少し痛がるときは、気のせいだとうそぶいて子どもにいっている。
 今日は5歳の子どもに手術中に、もっとゆっくりしてくれないとひっぱて少し痛い感じがするといわれた。

 日本の医者たちが聞いたらびっくりすかもしれない。
 ヘルニアの手術ならば大体10分で終わる。
 
 短い麻酔、弱い麻酔が、ここでは何より患者の命を守る。
 本当に、失った命を経験した者のみが、その意味を知る。
by japanheart | 2009-03-30 03:24 | 子どものこと | Comments(0)

今日の話

今日の話

 この国には悲しい現実がある。

 私の団体の現地人スタッフと今日話をしていた。

 彼女はいま、孤児たちを個人のお金で支援している。

 国境の貧しい女の子たちは、タイにお金で買われ行く。

 一人10000バーツ(300ドル)ほどだそうだ。


 幼くして売られ、エイズになって捨てられる。
 スタッフが会ったのは17歳と15歳の少女が幼い頃、タイに売られ、やがてエイズになり、ミャンマー側の端のふもとに捨てられいたそうだ。

 このようなことがないようにと、微力ながら、実力も省みず、新たに挑戦することにした。

 このような売られてゆきそうな幼い少女たちを、学校に通うわせる。
 長年引き取り、できる限り、看護師をはじめとして、収入の糧となる職をつけるために、学校に通わせてゆく。

 家族にも支援を続けなければならないだろう。

 そうしなければ、また次の子どもが売られてゆく。

 数十年前の日本の姿がそこにある。

 この活動を通じて、数十年前の日本も癒してゆきたい。
by japanheart | 2008-10-01 02:07 | 子どものこと | Comments(1)

ある子ども

ある子ども

 前に書いたことのあるある子どものこと。
今年の4月に水祭り、ミャンマー人にとっては正月とお盆が一緒にやってきた季節。
生まれつき肛門がなく、そのため便もでなくて、そのままでは死んでしまうので、人工肛門を生まれてすぐに造った子どもがいた。

 1歳を過ぎて肛門を造る、これは正確には、おなかの中の腸を引っ張り降ろし、肛門に縫いつけ皮膚を開け外に縫い付ける手術なのだが。

術後、安静が上手く保てなくて、縫いつけた腸がはずれた。しかも感染を併発して、お尻の割れ目が全て開くくらいになってしまった。そのため日本人スタッフが水祭りの期間も残り、感染の消毒を続ける予定であったが、家族にどうしても拒否され、仕方なく、穴の開いた腸を再び閉じ、割れてしまったお尻を太い糸で縫い合わせた。
それでも感染がひどければ、また糸ははずれ腸に穴が開き、お尻はがっぽりと割れてしまう。それを恐れていた。
しかし、うちへ返さなくてはならず、スタッフが泣く泣く見送った。

あれから2ヶ月。
知り合いの人を通じて、子どもと親を呼び寄せた。
人間はなんともろくて強いのだろう。
すっかり傷はふさがり子どもは元気だった。

もう一度手術ははじめからやり直しになったが子どもは少し私たちに対して警戒しているが、すっかり元気になっていた。

来年、もう一度手術する。
無料で手術するから必ず来るようにと親に伝えた。

また、来てくれることを祈っている。
by japanheart | 2008-07-10 01:14 | 子どものこと | Comments(0)

意識をつなぐ

意識をつなぐ

 意識をつなぎ続けるということは、意味あることだろうか?
 
 何年も前、治し切れずに見捨てざるを得なかった子供のことをいつも気にしていた。
ある時、その子を訪ね見つけ出し治療に踏みきり、命を助けることができたこともあった。

あくまで結果的にだが、 なぜ、そんなに上手くいったかを考えたとき、ひとつは私がその子供のことをいつも忘れなかったことがあるように思う。
その子のことに意識をつなぎ続けていたからだと思う。

 今回も、この帰国前、生まれつき肛門がない腸閉塞で生まれてきた子供がいる。
生まれて早期に、人工肛門を施され、2歳になって肛門造るために私の元にやってきた。手術は上手くいったが、術後の管理か悪かったために、傷口は開き、感染状態のままうちに帰す羽目になった。親を説得し、何とかこの彼らにとって大切な水祭りの期間も、日本人が残り治療を続けようとしたが、どうしてもこの期間を村で過ごすと、帰ることになった。
消毒の仕方を親に教え、泣く泣く家に帰した。

今その子はどうなっているのだろうか?
私は意識をつなぎ続けている。
先日来日した現地スタッフにも、現地に戻り次第村へ連絡をつけるように指示を出している。

今の私には距離は無関係に患者のことを考えるという習慣ができた。

意識をつなぎとめることが、将来子供たちに少しでも幸を呼ぶのであれば、そうすることが医療者の務めかもしれない。
by japanheart | 2008-05-05 00:20 | 子どものこと | Comments(1)