ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:基本( 88 )

本番

本番

 最近うんざりしていること。

 一緒に働く日本人スタッフのレベルが低いこと。

 現地で出くわす病気のことを知らないくせに、平気でいる。
 患者が悪くなっていても、平気で見逃し、そしてその責任もすぐに忘れる。
 一生懸命働くことで、失敗しても許されると思っている。
 勉強しろといっても、すぐにやめる。
 人のいのちや人生がかかっていても、眠気に勝てない。

 数え上げればきりがない。

 甘い。甘すぎる。
 この人たちは、日本社会の縮図だなと思う。
 甘やかされて、許されて育った子どもたちの末路だなと思う。

 
 そういえば、現地にいくたびに、スタッフから病気を移される。
 体調管理もできない。

 手術と手術の期間の間は2週間ある。

 本当はこの期間のすごし方こそが、手術の成果を生み出していることにも気づかず、のほほんとすごしている。本人たちは結構、いけていると勘違いしているかもしれない。しかし結果が、それを認めていない。
 規則正しい生活を心がけ、粗食にし、適度に運動をし、そうしてこの間に体調を整え、知識を蓄え、整理できないでいる問題点を克服し、、、、。
 
 こんなこともできない人たち。
 自分もうまく管理調整できない人たちが、患者を治す?  ?   ?

 甘いのよ。
 適当にやっていて何とかなると思っている。
 何とかなっていないから、患者が迷惑している。

 私の医療レベルは自分では大して高くはないと思うが、この人たちと比べれば雲泥の差がある。

 たとえイチローでも、少年野球の子どもたちと本気で一緒にやっていたら、野球自体がいやになる。

 医療自体が、いやになる。


 
by japanheart | 2010-01-09 10:35 | 基本 | Comments(2)

元を取る

元を取る

 私には常に「元を取る」という考えがある。単純に投資に対して、その成果を得るということだ。

 ここに参加するスタッフは、看護師で、基本1年半、医師は2年間の間、無給で働くことを元としている。
 恋人と離れ、家族と離れ、お金を持ち出し、という具合に皆、ここにやって来て活動に参加する。
 だから元を取ってもらいたいと思っている。人生の大切な時間を2年もこのために生きるのだから最大限の成果を持って帰ってもらいたい。
 小さな見栄やお金への欲求、自己主張などを押さえ、大きな成果を持って帰ってもらいたいのだ。

 たとえば私は家族と離れているため、2人の子どもの出産に日には海外にいた。長男は生後2ヶ月目に初めて対面をした。特に最近は忙しくなって、今回も帰国時に1日しか家に帰れないでいる。

 自分のためにやっている活動だけれども、妻を筆頭に家族に迷惑をかけているのは事実であり、私がそのための成果を挙げれないでいるというのは、最も恐れることだ。
 自分もそして私の周りの人たちにも迷惑をかけている分、必ずその成果を有り余るほど回収してやろうというのが私の決意だ。


 お金も時間もかけてやってきた割には、みんな淡泊だなというのが、私の印象だ。
 ハングリー精神というのは、何でもかんでも欲しがるというのではなく、投資した分の成果はきっちり頂くというあり方だと思う。

 皆、自分の人生にハングリーでいてもらいたいものだ。
by japanheart | 2009-12-21 21:36 | 基本 | Comments(0)

嫉妬

嫉妬

 ミャンマーを知る上でどうしても、知っておきたいキーワードが2つある。
 ひとつは”アナレ”という言葉。これはまた機会があれば説明したい。
 
 そして、もうひとつが”ジェラシー(嫉妬)”という言葉。
 95年からことあるごとにミャンマー人から、発せられる言葉。
 
 いろいろ事がうまく進まず、どうして彼らはそう考えるのだ?と私が聞けば
 それは”ジェラシー”ですと答える。
 なぜミャンマー人のある人は、あのような邪魔をわざわざするのだと聞けば、やはり
 それは”ジェラシー”ですと答える。
 ことあるごとに、この、それは”ジェラシー”ですというフレーズが聞こえてくる。

 私たち日本人には到底意味不明で、支離滅裂なマイナスの言動が彼らにある場合はその多くがこの
 それは”ジェラシー”ですという感情でミャンマー人にはしっくり来るらしい。

 私たちの活動は、それは”ジェラシー”ですというミャンマー人独特のそれとどううまく折り合いをつけていくかに多くの時間と労力を奪われる。
 本当に様々なレベルでこれは蔓延する。

 ある日、病院の電気屋が自分の知り合いを連れてきた。多くの患者を差し置いてすぐに手術してほしいという。 が、予定が立て込んでいて、ほかの人と同じように1月後に手術予定に入れる。
 間違いなく、その日から宿舎は、1週間程度の停電になる。
 
 ある時、何日も不休で患者たちを手術、治療する。患者たちには大変感謝され皆スタッフも満足している。ところが、病院側から突然、手術中止の勧告がなされる。
 日本から来た若い医者に、訓練をさせている。あるいはミャンマー人を実験台に練習している。
 と内外の現地の医者が普段にない、いい連携を見せて言いがかりをつけてやってくる。

 まあ、こんなことがずっと続くのだ。
 こんな意味不明の言動は、日本人には回路がないので彼らのその思考過程がうまく理解できない。

 そこで私たちのミャンマー人スタッフに、どういう風に脳が動いたらそういう風になるのだと私が尋ねる。
 すると現地人スタッフの答えの始まりは必ず、それは”ジェラシー”です、と帰ってくる。

 手術がうまいんじゃ?と恐怖して嫉妬する。日本の医療が進んでいると知っていて、なんとなく恐怖して嫉妬する。お願いを聞いてもらえないと、他人に比べて軽く見られていると恐怖して嫉妬する。

 これを理解するには10年はかかる。
 これも慣習や風俗の一部だと認識すまでに。

 自分たちでは気づかないが、日本人にも日本人独特の嫉妬がある。
 こういう感情をうまく使えば、国すら支配できる可能性がある。

 歴史を少し覗けば、そう思えてならない。

 他人を見て大いに自己を省みなければ。
 


 
by japanheart | 2009-10-03 00:22 | 基本 | Comments(4)

あるシステムを生み出す

あるシステムを生み出す

 はじめから他人を当てにするような行動や心は慎みたい。
 何をするにしてもどんないいことをしようとしても、あるいはどんな状況に陥っても。
 
 どんなことがあっても自分で何とかしたい。

 私たちの活動は、そのほとんどが寄付によって成り立っている。
 私たちとは逆に、なんらかの制度資金に依存している組織もある。
 何かに依存しすぎると、結局自分の首を絞めることになるので、できるだけ依存の割合を減らしたい。
 何だか国の食料自給率に話をしているような気がしてきた。

 ある意味、私たちの場合、自給率とは寄付をはじめとして得た自己資金ということになる。
 政府や財団などからもらう、いわゆる制度資金がそれ以外の輸入に頼らねばならない食料という感じかもしれない。このお金はかなり制限が付く。用途も決められ、予算も1年2年ごとに切られてしまう。だから10年なんていう大きな単位で、何らかのプロジェクトなどできない。

 私は食料と同じで、活動にも絶対に守らねばならないラインがあると信じている。
 今はそれがサガインでの活動だと思っている。
 なぜならばここは現地の人にとってだけでなく、多くの日本人医療者を育てている場所になっているからだ。
 今後はカンボジアのサイトにもそうなってほしいと思っている。

 だからここを最低でも、守るためにどうすればいいかを考えてきた。
 誰からも振り向かれなくなっても、何とか現地の人と医療者だけは育ててゆきたい。

 そしてその問題がようやく解決しつつある。
 自給自足ができるかも知れない。

 2年も給与のない組織でなぜかそれが可能になる。
 その方法は、また機会があれば語ってみたいが、要は自分で稼いで自分で使うということだ。
 
 
 ものの本質に気切り込めるようになってくると、だんだんと気の利いたことも言えるようになってくる。
 最近、お金の不安を抱える人には
  「いくらお金を持っても、人は一日に三度程度しかご飯を食べれないよ。特に年をとるとだんだんそうなる。」
 
 将来結婚を夢見る看護師には
  「女の人は嘘をついてはいけない。嘘をつく親の子どもは嘘に対して鈍感になる。だから将来子どもができたときに、嘘を平気でつく相手を無批判に受け入れて選ぶようになる。やがて、その相手と自分が、戦う羽目になる。」 
 
 そしきもおなじ。お金に対する恐怖心を抑え、誠実な運営が大切だ。
 組織を内部から崩壊させないためには、お金のコントロールと正直な運営を心がけている。
by japanheart | 2009-09-06 04:06 | 基本 | Comments(0)

獲得されしもの

獲得されしもの

 前回のブログのことを再び違う角度から述べてみたい。
 大切なことだ。

 実際、ミャンマーの医療活動地で生活するのはほとんどお金はかからない。
 女の人なら、野菜と一日にお米一号程度、そしてお水とふりかけ、卵一個、たまにインスタントラーメン、というのが毎日の標準。
 それで、活動期間中、平均6ヶ月滞在するので、そんな感じで生きている。
 多くの人は、人生で初めての経験。
 肉や動物性の蛋白はほとんどないような感じ。しかし、みなすこぶる元気に朝から夜中まで働き、生きている。日本にいるときはこんなに元気に働けなかった。
 この生活をするまでは、今の日本人から見ると、こんな貧粗な食事で大丈夫かと思うかもしれない、健康が損なわれるのではと、不安を感じた人もいたと思う。
結果は、全く逆になる。今の日本人は、飽食で過食だとわかる。

 ジャパンハートは、無償・無給で最低1年半は働かなくてはならないが、あるとき働き始めて6ヶ月くらいの看護師たちからこんなことを言われたことがあった。
 彼らは現地にいた後、日本に帰国、国内の僻地・離島研修に出発する前だった。

 彼ら曰く、「現地では食費はどんなにかかっても1月1万円程度ですが、日本ではそうはいきません。
 何もかも物価が高く、経済的に不安です。ですから何かしら生活費のサポートのようなお金はいただけないのですか?」というような内容だった。

 私は応えて曰く、「毎日、米と塩と、味噌と少々の野菜と水で生きなさい。1月1万では余り過ぎるから。」

 彼らは何も言えなくなる。
 もちろん私は本気で言っている。

 彼らはまだ気付いていない。
 私はお金などほとんどなくても生きていける力をすでに彼らに与えていることを。
 お金をもらうより、もっと価値ある力を与えているのだ。
 与えてもらったものの価値がわからないから、感謝もない。
 そして不遜にも、こんなことを言うのだ。
 情けない奴等だ。

 人生を、世の中を、本当に賢く渡っていくために、あらゆる本を読破し、世界中の知識を集めることなど、短い人生の中で多くの時間を手段のために、費やすことは、愚行だとわかっているだろう。

 それより、多くの本を読破しなければ獲得できない知識を持った人間と同じレベルの知恵を身につけることが、人として賢い人間のすることだ。それには、そんなに多くの時間は必要ない。ただし、体験はそのために必要になる。
 
 ミャンマーで彼らが得たものは、質素な食事でも十分生きていける知恵と体験。
彼らの食に対する、栄養に対する不安は体験によって塗り替えられたのだ。

 私が言いたいことは、世界中の書物を読もうなどという愚行はするなということだ。
 甲状腺の手術を行うのに、首にあるあらゆる解剖や生理を覚える必要などないのだ。
 知識はわずかでいいのだ。
 あとは体験によって、いくつかのポイントを知れば、手術はたいていの人間でも行える。
by japanheart | 2009-08-07 01:49 | 基本 | Comments(5)

何を求めるか

何を求めるか

 最近、己の技量もわきまえず本を2冊も出し、しかももちろん頼まれたときには下手くそな字で名前まで書いている。
 売れているのか売れていないのか、出版社にだけは迷惑をかけたくないとは思っているのだが。

 今後の講演会はいくつか決まってはいるけれども、本当は1月に2回くらいまでにしたい。
 なんせ、本当に言霊をこめて話をしたいのだ。
 何かのセミナーや方法論、あるいは活動報告や活動経験の感想のようなものではなく、もっと掘り下げた思いを言葉にしたい。
 いつも聞いているスタッフたちが決して飽きないようにいつも心がけている。
 だから話はいつも変化させている。

 最近ひとつ考えていたことがある。

 ある人が億万長者になるためには、どうしたらいいかという問いに対して、億万長者のように振る舞い、億万長者のメンタリティーを身につければ現実が追いついてくるといっていた。
 私ならどう答えるか?

 私なら、多分次のように言う。
 「あなたは億万長者になる必要はない。」
 
 わかるだろうか?
by japanheart | 2009-08-04 04:55 | 基本 | Comments(3)

秩序について

秩序について

 以前,人を囲い込まないと言うブログを書いたが,その中である秩序が出来るまでは,今の若い人たちは,囲い込まれたり,過度の干渉をされると,皆逃げてゆくと書いた。その為緩やかな囲い込みこそ,時代にマッチした囲い込みなのだと。

 囲い込みとは何かと言えば,
 例えば,ジャパンハートの医者であることを極端に押しつけられ,それ以外の場所での医療行為を禁止する。
 あるいは,他の組織とコンタクトする,交互交流することを禁止する。
やり方は違うが,お金を充分積んで,長く留まらせる,などなど,一般の企業でも,顧客の囲い込みをあの手この手でやっている。が,まあ,贅沢は飽きるので,美味しいえさだけで満足させ続けるのも限界がある。という事は,このようなえさをばらまく方法は,長い目で見たとき有効ではないということになる。
飴でもムチでも度が過ぎると,人間逃げたくなる。

 一方,ある秩序が生み出された後は,緩やかな囲い込みこそ,効果を発揮すると言ってもよいとすら思っている。

 この秩序とは何か,一言で言えば,ロイアリティ,ということかもしれない。
 言葉を換えれば,愛情,もっといえば愛着の方がさらに私のイメージに近い。
 
 私たちの場合で言うと,ジャパンハートがジャパンハートに愛着を生み出すシステムを作り出せれば,そのあとは緩やかな囲い込みだけで充分になる。それ以上求めれば,愛情が,愛憎に変わる可能性がある。

 ジャパンハートの医師には,人手不足で困っている組織があれば,出来る範囲で行って手伝えと教える。
 看護師にも,ジャパンハートで学んだ後は,よその組織も覗いてみろとアドバイスする。
 肉体でなく,心を緩やかに囲い込む。

 彼らは別の組織に片足をつっこんだ時点で,常にジャパンハートへのロイアリティを認識する。その組織が,ジャパンハートより劣れば,ジャパンハートに愛情を抱く。
 
 まさにいつも同じブランドのバッグを買うよう女性のようにブランドに恋心を抱かせる為のシステムを編み出さないと行けない。
この装置を,それぞれの組織ももつ必要がある。
 大切なのは,ブランドそのものが,偽物でないこと。本当の価値あるものでないといけない。

 まず自分の組織を,特別な価値ある組織にし,それに愛情を持たせるシステムを,私との個人的な信頼・愛情関係をベースに今構築し直している。
その為の,方法は秘密にしておく。
by japanheart | 2009-08-01 02:39 | 基本 | Comments(0)

未来を予想する

未来を予想する

 人の未来を予想する。
 この人はその道でどれくらいのレベルになるかは、1月ほど一緒にいれば大体わかる。
 そのパラメーターは、いくつもあるが、大切なパラメーターはたった二つしかない。
 人格のいい、悪いはほとんど関係ない。
 パラメーターのうち、ひとつは健康。これは日常的なことがらからわかる部分と、人の運命も関係しているような部分もあるので、はっきり予想できない私は未来の判断基準からは除外している。
だから結局はたった一つのパラメーターで大きく判断していることになる。
 ただこれは現在の状態が、続いた時間的延長線での話なので、途中で生き方を変えれば、またそこから予想をしなおさなくてはいけなくなる。

 さて、それはいったい何か?

 答えは、「自分に訪れる、あるいは目の前を通り過ぎる情報(出会い)に対してどれくらい強く、しかも高い頻度で積極的に関われるか、そしてそれをどのくらい維持できるか」ということだ。

 たとえば、医者として働いて、重症の患者がやってくる。そのときめんどくさいなと思う医者もいれば、私が診たいと積極的に前に出る医者もいる。
 救急外来で患者が来たとき、いつも一番最初にやってくる医者がいる。なかなか来ない医者もいる。
 寝たきりの患者の爪が伸びていても気にもしない看護師がいる、すぐに気づいてきってくれる看護師もいる。
 電車の中で目の前に怪我をしている人が立っている。
 目の不自由な人が切符を買おうとしている。
 重たい荷物を引きずっている女性がいる。
 薬の内容がわからない老人がいる。
 地図を見ている迷った人がいる。

 日常生活の中で、自分の目に飛び込んでくるこのような情報(出会い)に日々、刻々どう向き合うか?
 これで人生決まる。
 どれも学歴はいらない。
 人格もいらない。どれも常識の範囲内だ。

 積極的に前に出る人間に人生の女神は微笑む。
 なんでも人より積極的に関わる医者が10年たったら、そうでない医者に比べてどうなっているのかは、誰でも想像できる。
 日々のあり方が、時を掛け、あっという間に、大きな差になる。

 実はこのことは誰でもなんとなく、直感的にはわかっている。しかし、意識化できないので、大きな”むら”を個人の中で生んでいる。この”むら”の平均値が自分の人生に結果として投影されるので、それぞれに今の人生がある。
 その平均値をあげるにはどうすればいいのか?

 答えは簡単。
 いつも意識上にあげておく。
 常に心で、もう一歩積極的にと言い続けて行動する。
 その高い状態を、努力して維持する。

 1年でびっくりするくらい、人生が進む。
 これこそ人生の極意。

 このことは、一足先に、妻に教えた。
 少しくらいメリットがないと、うちの妻も報われないから。
 

 

 
by japanheart | 2009-06-23 23:36 | 基本 | Comments(0)

方針の変換

方針の変換

 今までここに来た医者たちには簡単に手本を見せ、すぐに実践をやらせてきた。
 診察はもちろん手術もそうしてきた。
 早く実践に働いてもらうほうが後半、加速度的に、彼らが役に立つようになるからだ。

 しかし、今年は大きく方針を改めてじっくり特に、手術に関しては見てもらうようにした。
 手痛い想いを今までしてきたからだ。
 私がカバーできるときとそうでない時もある、というのが実際のところだ。
 その期間の間に伝えないといけないことが分かったからだ。

 それは決して手技的な事柄ではなくて、むしろ限られた環境で如何に患者たちのリスクを減らす努力を私がしているかを伝えることだと認識している。

 いかに早く行い、しかも簡単な手技・方法で、命へのリスクを減らすことができるかがポイントとなる。
 だから麻酔もできるだけ簡単なものを使う。少しくらい痛くても患者には我慢してもらう。
 停電が頻発し、水道から無数の菌が出てくる環境の中だから仕方ないと思っている。
 傷の痕がきれい汚いは、二の次だ。

 私の中にある恐怖心が、同等にうまく伝わった時点で、医者たちの手術の実践が始まる。
 
by japanheart | 2009-06-10 02:23 | 基本 | Comments(0)
国際医療団 ジャパンハート

 ジャパンハートとは?
 改めて説明しておきたい。

 この組織のコンセプトはすなわち、
 医療の届かないところに、医療を届ける
 である。
 個人的には極めて、大雑把過ぎるかなと思うが、多くの医師や看護師などの医療者が、このコンセプトに賛同しましたといってやってくるから、結構、困惑している。
 このコンセプトは、国内外を問わず、全ての医療事業が、僻地医療という概念を底辺において行われるということである。
 だから海外だけでなく、日本の僻地や離島にも継続的に人的なサポートをし医療活動をしている。
これがおそらく多くの国際NGO組織と違うところかもしれない。
 そして毎年、国内外で100名以上の医師や看護師たちが動いている。
 
 この組織を立ち上げたとき、応援してくれる多くの人たちが、真のボランティアを望んでいた。
それは、日本人の一般の人たちがボランティアというのは、通常は物質的なものは、何も受け取らないで奉仕する行動のことと理解しているということもよく分かっていた。だからこそ、私たちはこの活動に参加して、最低1年半は無給・無償を貫いている。さらに、活動に参加するに当たって必要となる航空券代金や保険、食事代も自己負担で出さねばならない。航空券などの経費を出してほしいという人たちもいるが、そういう人は断っている。このような活動は、自発的でなければ意味がない。自発的ならば、他人に何かを期待するのは間違っている。
 どうしても分からないのだが、そのくらいのお金を自分で出しても、破産するわけでもないのに、どうして経費を出してもらわないと参加しないなどという考えになるのだろうか?そんなにお金がほしければ、ボランティアなどやめて、お金を日本で稼いでいればいい。お金もほしい、いい精神的活動もしたいという、同時に二つも取れるほどのあなたは能力のある人間ですか?と私は心の中で実は相手に聞いている。
ともかく、

 ジャパンハートの活動は、
 
 1. 海外での医療活動
 2. 国内僻地・離島での活動
 3. ガンやエイズの人たちに対する家族旅行のサポート
 4. 途上国で看護師の養成
 5. 小学校での衛生教育、保健室の整備
 6. 災害孤児に対する長期的教育支援活動
 7. 医学生・看護学生に対する教育奨学金

 などである。

 ここからは極めて個人的な見解もあるが、私は今日本でも多くある援助の概念、すなわち欧米流の「強者が弱者を救う」、でなく、日本流に「相手と和する」すなわち「相手を理解」し「自己の立場と無関係(己を忘れて)」に「相手のために尽くす」という組織を生み出してみたいのだ。
 お金のこととも関係するが、
 自分が満たされないと奉仕できないようであれば、それは真の奉仕者ではない。
 奉仕ということは、日本では神や仏に対して使われた言葉だから、奉仕活動でお金を要求するのは、神や仏にお金をくれと言っているのと同じことになる。
神や仏と人間との関係は、ギブ・アンド・テイクではないだろう。

 本当に生活が苦しくなったとき、今飢えていない自分の境遇を、神仏に感謝するのだ。
 その時、かつて宮本武蔵が言った、神仏は尊び、、、、という言葉の重みを知る。
 
 やがてその感謝の言葉は天に届き、天は静かにもっと大切な何かを応えてくれる。


  ジャパンハート ホームページ 

  海を越える看護団 ホームページ




 

 

 
by japanheart | 2009-05-15 22:45 | 基本 | Comments(0)