ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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カテゴリ:基本( 88 )

信用というモティベーション


 国際協力ということではなく、信頼してもらえるというのは私が医療者として生きてきてもっとも私を前に事を進める動機づけになった原動力だった。

 まだ若く経験年数の少ない医師のときに、上司や患者たちに信頼してもらえるというのは、どんなに体が疲れていても私を踏み度とませる力となった。

 ミャンマーで医療を始めた1995年。
 ミャンマー中から集まり、未熟な私を無条件で信頼し、訪れてくれた人々の有難さは今でも忘れない。

 大げさでも何でもなく、この信頼に応えるためにお金も時間も労働も、私の持っているものは何でも投入することに躊躇も疑問もなかった。

 よくお金を出してまでボランティアをする気持ちが分からないという人がいるが、私はそういう活動を通じて人間が欲しいているものは、お金でなく、そういう信頼への喜びだと思う。

 お金を出してそんな活動をというときの人間の頭の中は、明らかに信頼という概念は吹き飛んで、お金が信頼の上位に位置づけられている気がする。
 人それぞれの価値とは言うが、少なくとも私にとってはお金よりも十分価値あるものだった。

 子どものときに、もっとも幸福を感じたのはお小遣いをもらう経験だったか、親にほめられたり、認められたりした経験なったか?

 それよりもさらに幼い日。
 まだ、お金などというものを知らない頃、子どもたちの喜びは、親に喜んでもらったり、まなざしを向けてもらえるということだったのではないか?

 今では、そのまなざしは、親から社会に広がったが、私たちの根本的な幸せは変わっていないと思うが、どうだろう?

 人間は死ぬときに、お金を求めるだろうか?
 それとも、信頼を求めるだろうか?

 死がいつ訪れるか分からないから、人は本質を見失う。
 明日の保証など何もないなら、今、生きている間にもっとも大切なものは何かを考え、感じ、そしてそれを求めるように生きていければと思う。

 人生に必要な主軸を放棄し、それをアコモデートする副軸のお金を主軸と思い込めば、そりゃ、こころは満足しない。
 満足しない心を満たそうと、さらにお金を求めても、満足などするわけはない。

 


by japanheart | 2014-04-09 08:17 | 基本 | Comments(0)

いい出会いを求めて

いい出会いを求めて

 いい出会いを幾つになって求めたい。
 年老いて、周りに同じ年齢以上の者たちしかいない人生はどうなんだろう?
 
 若い人々に囲まれ、求められ、指導する。
 長生きするのもいいが、ただ生きればいいというものでもない。
 どこかである医療団体のトップが、東南アジアに来て日本の医療を見習えと言わんばかりに、
 世界最長寿の日本を支える医療のような題名で講演をしていたが、それってどうなのかと思う。

 日本は年寄りの生きやすい社会かな?
 肉体だけ生きながらえても仕方ないと多くの人は思っているはずで、生きがいとか、幸せであるとか、そういう感情とともに存在していたいと思う。
 
 かつて書いた例で、スウエーデンの年寄りは、衣食住を社会のシステムとしてやってもらって後年を施設で生きることができる。まあ、生命を維持するにはいい境遇を手に入れれる。
 一方、バングラディシュの年寄りは、衣食住の保障は社会はしてはくれない。しかし、忙しい。何せ、冠婚葬祭、もめごとの類まで、若い人たちが相談に来るからだ。

 ミャンマーの年よりも、ある意味、そういう世界観の中にいる。
 年取って農業や孫の世話に忙しい。
 そしてぽっくり死ぬことが多い。

 日本人は核家族ゆえに、身内の若い世代は年をとっても周りにいないことが多い。
 だとすれば他人の若者たちに身近にいてもらうしか、方法がない。

 どうすればいいのか?
 結論から言うと、若い人が求めるものがなければならない。
 バングラディシュの年寄りのように。
 でなければ、あなたの晩年はあなたより皺がよった人々の中で過ごすことになる。

 若い人が求めるもの。
 それがお金などの物質であっては、無いよりはましだが、あなたの心の充足は低くなる。
 そこで、ものではなく、それをあなたの中に造っていかねばならない。
 それこそ地道に時間をかけてつくる必要がある。
 形無きものは、造るのに時間がかかるのだ。
 だから、若い時代にそれを造り始めないといけない。
 あなたが将来、あなたがあなたの周りにいて欲しいと求めているような若者たちと同じ位の年から、それを造り始めなければ間に合わないという、人生の皮肉がある。

 それぞれの特性、個性に見合った魅力あるものをつくらねば。
 
 若いときしかできないこととは何なのだろう?
 年取ってからでも、できることは何だろう?
 今一度、詮索したし。
 

by japanheart | 2014-03-27 02:43 | 基本 | Comments(0)

人生のベースライン

人生のベースライン

 若いときにがんばっておいてよかった!
 人生は自分を裏切らない。

 私たちは何気に生きているが、自分のベースラインを知っているだろうか?
 たとえば、自分がうれしいと感じるのはどのようなレベルからなのか?
 自分がおいしいと感じるのはどのようなレベルの味からなのか?
 自分が本当に苦しいと感じるのはどのようなレベルからなのか?

 知っているようで知らない。
 だから、何でも不幸に感じてしまう。
 何をやっても、何か腑に落ちないような人生になってしまう。

 自分で本当にがんばったときを持ったものは、幸せだ。
 人生を思い出してもらいたい。
 一番がんばったときはいつで、どのくらいがんばったのか?
 それが、あなたのがんばるという基準だ。
 この基準を知らないと、一体がんばっているのか、そうでないのか?
 それすらも分からない。
 そしてたいていは、その期間にもムラが大きく、何かがんばったようなそうでなかったような、そういう印象になってしまう。

 若い頃に、十分に苦しんだほうがいい。
 失恋もしたほうが良いだろう。
 貧乏生活も大変重要である。
 金欠は大切な道しるべになる。

 そこが、底だとして、それからどのくらい上の時間や生活を過ごしたいのかを考える。
 ただ単に、楽をしたいとか、お金持ちになりたいでは、何も基準などない。
 ないから、目標もない。
 形だけの目標を作っても、実感としての体感がない。

 今一度、若くても良いから自己の人生を整理してみる価値はある。

 ジャパンハートは厳しいといううわさがあるが、今は、そんなこともない。
 でも、本当は自分の知らない極限を経験してほしいのだ。
 そうすれば、将来、自分の本気の努力とは、そういうレベルだと分かる。
 分かれば、今のレベルがどのくらいで、あとどのくらいがんばればいいのかも分かる。
 それを経験しないからどこへ行っても、何をやっても何となく、宙ぶらりんな感じがするのだ。

 最後に、大切だからもう一点。

 なぜ、お金をそのくらい持ちたいのか?
 なぜ、楽をしたいのか?
 なぜ、結婚をしたいのか?
 なぜ、子どもがほしいのか?
 なぜ、その教育を受けたいの?

 そして、それらは本当にあなたの人生で必要なものなのか?
 本当にあなたはそれを望んでいるのか?
 
 それをしっかり考え続けないといけない。
 目的のない努力はすべきでないし、人生時間を失うばかりだ。



by japanheart | 2014-01-31 06:49 | 基本 | Comments(0)
ジャパンハート 10年ーその2

昔、昔といっても20年ほど前のことだよ。
私が、海外で医療を始めた頃のこと。

国連やJICAなど、とにかくいろいろな人たちからコンタクトがあったんだ。
理由は、日本のNGOで医療系のものが私以外になかったこと。
そして、私が医者だったこと。

ひとことで言うとこう言われた。
「ちまちま一人ひとり患者を助けてもきりがないだろ!」
ということだ。
もっと、多くの人に影響を与えるような仕事をしてみないか?
ってな感じだった。
確かに、まあ、朝から深夜まで患者たちを診察治療してみて、キリがないという心境であったし、彼らの言わんとすることも一理あった。
しかし、私は結局、ありがたい彼らのお誘いを断りその後も、ちまちまと患者を治療し続けた。
なぜかというと、頭では彼らの言わんとすることが理解できても、心が納得しなかったからだと思う。

医療というのは、患者をちまちま診ることにこそ極意がある。
丁寧に、一人ひとり診る。それが医療にとって大切なことだからだ。
大体、ちまちま患者を診ることを否定的にとらえてはいけない。
世界中、医療というのは患者をちまちま診て成り立っている。
日本でもそうして医者をやってきたのだ。

患者を知る。
患者の家族のことを知る。
彼らの生活を知る。
家族の病歴を知る。
どれも大切なことだ。

私はちまちま診ることを否定することは間違っていると思う。
彼らは医者ではないからそう行動するのかもしれないが、一人ひとりの人生から視点を失うと、どんな良い事業でもやがて結果は思うところから狂ってくると思う。

例を挙げようか。
政治家が、庶民の生活や苦しみも知らず、適当に周りの人にだけ意見を聞いて政策を作っていけばそれは人々を幸せにするだろうか?
第二次大戦の戦争中、ミャンマーでは20万人近い日本人たちがなくなったが、彼らには、一人ひとりに父母がいて、兄弟もいて、こんな子ども時代を過ごし、こんな妻子がいて、どんな風な人間だったとしっていれば、玉砕しろという命令などそう簡単に出せるはずがないと思うがどうだろうか?

人間は、大きなお金や力を持つと、勘違いする。
あたかも自分はすごい力を持ったかのようにだ。

私はだから現場に足を運ぶ。
自らの非力を思い知るためにだ。

別に1万人いっぺんに救わなくても、一人でも二人でも救えたらそれはそれですごいことだと思わないか?

そうやって一人ひとりと積み重ねて結局、数万人になっちゃった。

数万人をいっぺんに助けるべきだと考えていた彼らは今どうしていると思う?

by japanheart | 2014-01-18 10:25 | 基本 | Comments(1)
ジャパンハート 10年 その1

ジャパンハートを設立してもうすぐ10年になる。
企業は10年で、90%は倒産か廃業するという。
ありがたいことに、何とか10年はやってこれた。

私は大分の田舎の国立大学の医学部を出た。
浪人してから、医学部を目指し、文系から理系に転向した。
頭がもっとよかったらもっと都会の医学部に入っていただろうが、なんせ医者になることが目標で、どこの医学部でもよいという目標を立てたために、大分に落ち着いた。
もし、私が東大の医学部だったらと思うこともよくある。
驚くことに、古い帝大を出た人間ほど、ボランティアの世界でもその後の政財界をはじめとするサポートが多いのだ。
大分は最高に素敵でいい場所だったが、大分の医学部を出てもサポートはほとんどない。
だから大学のつてなど当てにせず、自分でがんばるしかない。
こんなことも結果的によかったのだと後できっと思いたい。

2013年度は海外医療に参加した医師・看護師の数が年間のべ400名を突破する。
これは奇跡としか言いようがない。
わずか3億円程度の規模の組織で、年間400名に及ぶ医療者を海外に派遣している組織などないと思う。
国内の僻地・離島や東北への医療者を合わせると500名近くになると思う。
そして、この数はさらに増え続けると確信している。
英語が話せないと、国際医療ができないと勘違いしている人がいるが、それは誤りだと指摘しておきたい。
どこで誰にどう織り込まれたか知らないが、勘違いしている。
欧米人は、自国の言語で医療活動している。
日本人だってそれでいい場合もある。
そういう場を作れなかったことが、問題だったのだ。

世の中の流れを読む。
そんなことなどできないという人間がいるが、それはあなたができないだけで、私はできると信じている。

これからのキーワードは”点と線”

ジャパンハートも”点と線”で展開する。

では、今までのあり方は何だったのか?
私の意見では、それは”面”戦略だったと思う。

ミャンマーのジャパンハート活動拠点を、アジアに散らばるジャパンハートの活動拠点を、点としそこを線でつなぎ、人がその上を移動し医療を展開する。
 決してその地域に特化し深く広く医療も保健も教育も開発もという”面”での戦略は行わない。
 専門特化された分野のみに集中し、そこを特殊部隊のような専門家が移動する。
 
 皆さんも分かると思う。
 時代がすでに、”点と線”の時代の流れの中にあるからだ。




by japanheart | 2014-01-12 12:24 | 基本 | Comments(0)
子育てから見る、スタッフ育成

 子育てをしてみて思うことがある。
 子どもを厳しく叱ること、けなす事は果たして教育上、効果があるのかどうか?

 最近では子どもを厳しく叱ったり、時には手を出すこともあるが、そのときも極めて、本当に極めて冷静に状況を見つめながら、子どもを叱っている。
 子どもの表情やそのときの気持ちもひしひしと感じることができる。

 そういうことを感じながら日本の教育界を見たときに、いじめが起こる原因の99%は担任の教師のせいだと分かる。
特に小学校の場合はそれが当てはまると思う。

 その担任教師が、そのクラスという場を支配できていないからだ。
 いくらその性質がある子がいても、その場を教師が支配できていたらいじめが許容される環境は生まれてこない。
 そう考えると教師の質の劣化がいじめを生んだことになるが。質の劣化といっても昔の教師が全部すばらしかったわけでもなく、おそらくいじめは常習的にどこにでもあったに違いない。
 今のように表には出てこなかっただけなのだと思う。

 とはいうものの、教師のレベルの低さと場の支配力の無さがそういう状況を生み出しているの違いない。

 教師の人間力を上げる。それは簡単でないことは誰でも分かる。

 体罰は最高の教育の技術だという人もいるが、それを使いこなすのは真剣を扱うようなもので、未熟な使い方しかできないと、自分も子どもも傷つける。
 私もことの年になって、これだけの紆余曲折を経てようやくわが子への教育的制裁を客観的に眺めることができるようになったのだ。20台や30台の若い教師たちにはそれができるはずもないと感じるが。
 どうだろうか??

 もう一つ。私の考えでは子どもの教育は、引き出すことよりも前に強制的に教え込むことが必要だと思うがどうだろう?

 いやなことは生涯、しなくて済むならばその必要も無いが、人生いやなことをすることが多いのも事実。
 そして、いやなことは若い時代にしか取り組む寛容性が無いのも人間の習性だ。
 だからこそ、若いうちに苦手なことや嫌なことに取り組まないと生涯、取り組む機会は極めて少ない。
 このときに自分の性格や生き方の癖を直すことができるのだ。
 いびつな形を円に近づけるイメージだ。
 
 子どもの教育は、嫌なこと苦手なことにも否応なく取り組ませる必要性は大いにある。 どうせ成人したら誰も嫌なことなどしなくなるし、避けて通ろうとするに決まっている。

 ほめる教育。
 けなす教育。
 フランスはけなしてばかりだという話を聞いたことがある。

 子どもだったら、けなす教育は大いに成果を発揮すると思う。
 ほめる教育は弊害が多いと感じるし、むずかしい。

 しかし、ジャパンハートのスタッフたちのような成人に関して言えば、けなす教育は、あまり効果がないかもしれない。
 もうすでに、時期が遅すぎるのだと思う。
 一応、けなして育ててきたが、育った人間はみな立派に活躍するが、離脱者が多すぎる。

 これから、さらに熟考しなければならない。

 甘やかされて育った人間は始末に終えない。

 



by japanheart | 2013-12-23 10:52 | 基本 | Comments(1)
ジャパンハート総医療局 構想

派閥主義から個人単位へ、という流れと封建制度的な要素を持っている集団の弱体化は同じ流れの中にある。
白い巨塔のイメージに代表される従来の「医局」は、どんなに仕組みをいじり大学側が抵抗しようとしても、かつての栄光は戻ることはないと断言できる。
 なぜならば、それらは世の中すべての流れの中で起こっている出来事であり、医師を取り巻く環境だけが独立して存在しているわけではないからだ。
 あらゆる前近代的な思想や仕組みはそのスピードはともかく、崩壊していく途上にある。

 早く身をひるがえし、変革を行ったものは生き残る可能性が高い。
 無理やりにある種の強制力によって変革させられたものは、想像以上に悲惨な結果になる可能性もまた高い。

 約10年前に始まった研修制度の変革とともに、大学医局に入る人の数は減少の一途をたどっている。
 数こそ力でやってきた医局だから、数の減少はすなわち力の減少を意味する。

 新研修制度の始まる前、H15 大学に入局する医学部卒業生はや70%強だった。
 (ちなみに私が卒業した頃は95%といわれた。)
 今は反転し、4割くらいしか大学に入局しなくなっている。
 10年間入局医師数が減り続ければ、たとえはじめ100人医師がいても、半分くらいにはなってしまうだろう。
 すなわち、半分の力になってしまうということだ。

 なぜそうなるか?
 厚生省のせいではない。
 時代の要請だというのが私の見解だ。

 単純に、大学にそんなに医師を抱えないで、先端医療と研究機関・教育機関としての立場をしっかり確保すればいいのにと思うが。
 いい研究、いい教育をすれば、若い医者はいくらでも学びにくると思う。
 それをしないで医師ばかり集めていても仕方ない。

 時代は、派閥主義から個人単位に、時代がすごいスピードで動く。
 個人でいいと思った場所へ、人が移動していく。
 偉い教授の命令で動く時代はもう終わりかもしれない。

 そんな時代に、私は新しい仕組みを提唱する。

 それは個人がある方針のなかで、緩やかにつながった仕組みだ。
 そこに強制は無い。
 あるのは、参加する個人の自由意志だ。
 その大きな方針とは、”社会貢献”という意思の輪だ。
 この輪の中に入りたい人々が自由に出入りできるそんな仕組みだ。

 医師だけでなく、看護師も、その他の医療者も、医療にかかわるものであれば誰でもその輪に入ることができる。
 それぞれが、名前・職業・専門・卒業年月日とメールアドレスを登録する。
 それぞれの職種に合わせてジャパンハートが、情報を提供する。

 たとえば、海外の緊急救援の医師や看護師を募集するときは、このアドレスに直接、メールが飛び込んでくる。
 たとえば、離島で産休に入った看護師の代わりに1ヶ月間の離島病院からの要請があれば、看護師のみにメールで募集がくる。
 あるいは、短期ボランティアの海外医療情報やスタツアなどの情報も、その最適な職種ごとにメールで連絡が入る。
 医師に看護師に関係する、あるいはその逆の情報が来ることはしない。

 希望者は、それに応えればいい。
 こちらからの強制は一切ない。
 登録自体には、費用も一切発生しない。
 登録にはデメリットはないようにしてある。

 こうして、海外・国内で社会貢献をしたい医療者が精神的に所属する仕組み
             ジャパンハート総医療局
 と呼称する。

 近い将来、この登録をできるようにしていきたい。

 海外医療、国内地域・僻地医療、緊急救援活動は医療者ならばもう誰もが当たり前にしていい時代だ。
 
 新しい仕組みを日本の中でどんどんつくっていく。
 20代と30代の世代が活躍できないような仕組みやあり方には魅力を感じない。

 緊急救援だって、どこの組織も上のほうから、おじさんおばさんに占拠されている。
 これではいけない。
 世界で戦っていけない。

 この時代遅れの日本の医療界に、若い世代が活躍できる組織を、一気につくっていく。

 
 
 
  








by japanheart | 2013-12-16 02:46 | 基本 | Comments(0)

大切な時間

大切な時間

昨日23時、まだ働いている理髪店があった。
どのくらいの時間を一日に働いたのだろうか?

若い頃、40時間以上は連続で少なくとも働くことが当たり前だった。
当直も、週4回した頃もあった。
寝ているのが、なんと電車などの乗り物を乗っている間だけという時期もあった。

でも幸せだった。

家族を持ち、子どもと過ごす。
それはそれで幸せな時間だと思う。
でも、そればっかりではいつか、子どもたちがうんざりくる。

お金だけのためでなく、無我夢中で働くことは、そんなに損なことか??
私はそうは思わない。

趣味を持てばいいという人もいるだろう。
でも、趣味は所詮、趣味だ。
本道ではない。

人生で一番長く時間を過ごす仕事。
この中で、自分に一番の生きがいの時を設定するするのは、道理にかなっている。
しかも、人生の中で、若くすばらしい時間を犠牲にしているとしたら。

理髪店の中で、働くと人を遠くから眺めながら、うらやましいと心から思った。
あんな風に、一生懸命に働かなくては、人生、損だと思った。

やればやるほど深みのある何かを求め続ける、そんな人生を歩みたいものだ。
一生、前を向いて進める。

仕事を馬鹿にしてはいけない。
なめてはいけない。

それこそ自分の人生を輝かせてくれるものだ。

時間を大切にするには、目の前にある仕事を大切にするということときわめて近似的な関係にある。




by japanheart | 2013-11-18 10:20 | 基本 | Comments(2)

子どもを裏切るなよ!

子どもを裏切るなよ!

 このブログを読む前に、このタイトルが単数形すなわち、子どもたちではなく、子どもになっていることが大切だからと忠告しておく。

 私のところへやってくる多くの人が、医療者を目指したきっかけを語る。
 自分が医者になたきっかけは、看護師になったきっかけは、途上国で貧しい人たちのために医者をしたかった、看護師をしたかったからだと。

 翻って、現在は、家族を持ち、どっぷりその日本医療の世界につかり、あるいは結婚して、はたまた、親の健康状態がよくなくて、、、。
 そこはさまざま理由があるわけだ。

 そういえば、私は長男が生まれたとき、月齢3ヶ月までその手に抱けなかった。次男のときも然り。
 うちの親は、常に瀕死の時に私はせっせと海外で自分の父親ではなく、他人を助けていた。
 
 まあ、何でもいいけど。
 そして。大方の人たちは私にこう聞いて来るんだ。
 「なぜ、海外で医療を始めようと思ったんですか?」

 それは今、日本で流行の私の”個人情報”ですからと、言おうと思うが、根が優しい私は丁寧に応えてあげる。
 本当は、なぜ私がこれをはじめたかよりも、なぜあなたがそれを始めなかったのか!それが問題なんだ。
 
 
 多くの人間が医療者を目指すのは10代でしょ。
 ほとんどの人がそうだ。

 まあ、どんな夢だって10代に持つことが多いんじゃない?

 私はそういう輩に最近はこう言う訳だ。
 「あなたね、10代の自分の夢をかなえてあげなよ。」
 「今あなたが、それをできるのにしていないということはね、10代の頃の自分自身の夢を裏切っているよ。」
 「10代の頃の自分は、お金のことや地位のことなど眼中になかったろ?なぜ、お金を少し稼ぐとそう言うんだ?」
 「10代の自分を裏切った自分は、自分をこころのそこで信じることができなくなるよ。」
 「またそうやって、今がんばっても将来の自分を裏切るんだろ?」
 「そうやって、裏切り続けて一生を終えるわけだ。 うらやましいね!!」

 おおくの人に言いたいのは、世界中のすべての人が疑っても、だめだといっても、できないとあざ笑っても、
 せめてね、自分だけは信じてあげなよ、自分自身を、自分のことを。

 自分の夢は、自分だけの宝箱じゃないのかな?
 それを開けてみなよ。
 たぶん、すごいものが眠っていると思う。
 
 私は今までもあちこちで、子どもたちに夢を!というスローガンを聞いてきたが、、。
 
 その前に!!!

 まず、てめえの夢をかなえろ!
 お前が、まだ若く、純粋で、損得など計算できもしなかったあの頃持ったその夢を、それをかなえてあげろ!
 そんな純粋な子どもを裏切るなよ! 
 いい年になった大人が、裏切ったり、だましたりするなよ!

 あなたが、最も大切にしなければいけない若者は、ほかの誰でもない、子どもの頃のあなただろ?
 
by japanheart | 2013-10-14 16:20 | 基本 | Comments(0)
迷走するくらいなら時間を忘れろ

 今でも多くの迷子たちがジャパンハートにはいる。
 どこでも、どこの組織でも同じかもしれないが。

 これからどうしていったらいいかわからない。
 自分が何をしたいのかわからない。
 何となく、気力がなくて、どう生きていいのか分からない。

 何をしたいのかは、私だって分からない。
 神様があなたにだけ特別に教えてくれるわけではない。
 衝撃的に、これをやりたいとか、これを手に入れたいなどと思うのは人間あまり人生で多くは経験できない。
 あるのは、何にもないような日常が、ただだらだらと続く。
 ほとんどの人が、そんなもんだと思う。

 場所を変えようが、やることを変えようが、すぐにこの世界に再び埋没する。
 人生を変えるきっかけがほしい?
 どうせ、きっかけをあげても、あなたはしないだろう。
 何度も同じパターンの憂鬱で、不安感たっぷりで、生の実感が乏しい人生を送り、やがて年おいて死んでいけばいい。

 私の人生でないから、別に気にしない。


 あなたが、もしも本当にこの不安な、迷走した、人生から抜け出したいと思うならば、私には妙案がある。

 興味ない人や、今までどおりに人生を歩みたい人は、ここで読むのをやめてほしい。
 どんないいアイデアでも、絵に描いたもちになる。
 簡単に、それから抜け出せると甘く考えている人間も、時間の無駄だから読まないほうがいい。
 人生は、生老病死、苦しいものだ。


 私があなたに示す案は、”没入”というアイデアだ。
 一旦そこに入ったら、しばらく出てくるな。

 国際医療に世界にはいったら、つべこべ言わずに、時間を忘れるくらいやってみることだ。
 あれもこれもと考えるな!
 考えてもどうせ実力がない人間は、どれも自分のものにはできない。
 勇気を出して飛び込んだのなら、そこで時間を忘れ、我を忘れるくらい必死になって、しがみつけ!
 人生、そんなに何度も勇気が出ないだろう?

 私はもう、狂うほどに、やりきったといってみたら、自分に返れ。
 本当に何もかも忘れ、あらゆる力を振り絞り、やりきってたら誰だって新しい世界が開ける。
 その虚脱感の向こうに、その停滞感の向こうに、新しい世界は必ずある。

 人生は一回きりだということを、忘れない。
 
 私が小学生の頃、同級生500人にヒーローは数人しかいなかった。
 今は、あっちこっちに社長や部長や、取締役や先生たちがたくさんいる。
 自分が子どもの頃、この人たちの多くは脇役で引き立て役で、ヒーローでも何でもなかったはずだ。
 どうして、こんなに大人になると、偉い人が増えるのだろうか??
 私は、大人の世界は、子どもの世界よりもレベルが低いのだと考えている。
 だから、ちょっとした勝利者になるのはそう難しいことではない。
 子どもたちは安心して大人になっていい。

 しかし、何をやっても面白かった子どものときより、没頭できるものが少なくなってくる。
 子どもの頃に戻り、もう一度そこからはじめるしかない。
 一度少しでもやりたいと思ったことは、我を忘れ、時間を忘れ、没頭してみたら?

 年取って、もうすぐお迎えが来るときに、自分の人生に小銭を残したり、銅像を残しても仕方ない。
 もうほんとうに、いろいろあって疲れたな、、、、そろそろ休みたくなったといいながら、あっちの世界にいくのもいい。


  迷っているな、と思ったらつべこべ言わずに、目の前にあるそこにもうこれ以上無理ですというくらいのエネルギーを落としきってから、もう一度、顔をあげなさい。
 次に、顔を上げたときは、世界が少し色が変わっていることに、気づくだろう。
 そしたら、また顔を下ろして、目の前のことにまたエネルギーを注げ、時間が消えるくらい必死に。
 
  ”分かった??”


 
 
 

 
 
 
by japanheart | 2013-09-15 02:48 | 基本 | Comments(2)