ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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多くの疑問

途上国で働く?ー多くの疑問
ここには多くの訪問者があります。
日本の僧侶や学生、社会人、シニアの方々などなど。
若い世代の人たちからは、よく質問されることがあります。共に過ごすうちに
「自分はどんなことが出来るのでしょう?」と聞かれます。まだ何をしたいかがよく分かりません、と。そして私は彼らと話します。

しかし少なくとも十代の頃の私は人のために働きたいとは思っていました。でも何をどうしたらいいのかがよく分かりませんでした。そして十代の終わり頃、そのために医師になると決めました。何をしたいかは少なくともはっきりしていました。人のために生きたいと思っていました。


この質問に答える前に、彼らの多くは世界を見てみたい、視野を広げたいといってここを訪れます。
私はその言葉を聴いたときに必ず次のように自分の心の中で言っています。
「ならば自分ひとりでやればいい。ここに来て忙しいスタッフの手をさらに煩わすのは、私にとっては辛いことです。」

いつも考えてもらいたいことがあります。
なぜ、自分の視野を広げたいのか。なぜ、多くの世界を見てみる必要があるのか。ということです。自分のためならば、誰にも迷惑をかけずにやればいい。静かに色々なとこを廻り、見てみたらいい。お金を払い、旅行会社にでも頼み、ボランティアを経験させてもらえばいい。
でもここでやる必要があり、なぜ私たちがその機会を設けているかを考えてもらいたいと思います。
それを超えたらはじめて「自分はどんなことが出来るのでしょう?」というにたどり着きます。
しかし誰のためにか?自分のためにか?他人のためにか?
それが大切でしょう。他人に迷惑をかけつつ、自分が成長しているなら、世の中にお返しをしてもらわないと困ります。
自分の豊かさが自分からこぼれて他人を潤してもらわないと。

十代の終わりには私は少なくとも今の私に会っていたら次のように質問したことでしょう。
「私は世の中の困っている人や途上国の子供たちのために何が出来るのでしょう?」

そして今の私はこう答えるはずです。
「心を込めて、そして本気でするなら、あなたがしたいと思うことは何でもすればいい。」
「私はあなたを応援します。」
Commented at 2006-02-09 22:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by NAO at 2006-02-19 09:20 x
ここ数日、このことについて考えていました。私も単にジャパンハートの方達を煩わせただけに過ぎない、軽い気持ちで訪れた訪問者の一人であることは確かです。

今「人のために」とうたいつつも、私利私欲のために存在している団体も多くあります。寄付をしようと思っても、本当にこのお金は正しく使われるのだろうかと疑念を抱くことも多くあります。

私はジャパンハートの活動を実際に現地で見ることが出来、どういう団体で、どういった活動をしているかということを知ることが出来ました。

活動を広げると、好むと好まざるとに関わらず色々な人が関わりを持とうと集まってきます。確かに本気でない人達もたくさんいると思います。でも、専門知識のない、しがない一市民である私のような人間も受け入れていただきたいと思っています。

Commented by japanheart at 2006-02-19 15:45
ここが実際、難しいところなのです。このコメントは長いので少し分割して書きますね。
 ある一場面だけを切り取ると、そういう面もあるのですが、一人の人間を受け入れるために費やされるエネルギーはばかにならないのですね。それともうひとつ大切なことがあるのです。それは、何か問題が起こるとここやヤンゴンの多くのジャパンハートのミャンマー人スタッフ達が全て職を失ってしまう。そして翌日から家族が路頭に迷うことになるということですね。本気の人なら私たちと直接向かい合ってくれますが、たとえば、自分の要求ばかり言ってくる人も中にいるのですね。そういう人がこちらへ来たときに、何か社会的な発言をしたり、こちらの人の宗教心を傷つけたりしたときに、あっという間にジャパンハートはここから出て行かないといけないような苦境に立たされると思います
Commented by japanheart at 2006-02-19 15:46
 (その2)「人のため」というのは「周りに心を配る」という作業ですから、当然周りとのコミュニケーションが必要になってくるはずですね。独断と独善に陥ってしまった状態だとそれが不通になって問題が起こした後になってしか分からないでしょから、やはり周りを見るというい作業は必用だと考えています。
日本でのやり取りで、実際は断っている人もいるのですね。私が決断しますが、そのときに責任を取るのもまた私なのです。
もし問題が起こってジャパンハートの活動が停止したり撤退することになった時、私が働いて何年もジャパンハートのミャンマー人スタッフやその家族を食べさせるつもりです。
実は何気なく受け入れているひとりひとりの研修者に対しての決断の裏には、そのリスクをいつも背負っているということです。
Commented by japanheart at 2006-02-19 15:46
(その3)簡単には伝わりにくいのですが、長く多くの努力と驚くほど細い可能性の上に今の活動が乗っかっている訳ですね。ですからこの国で長期やっているNGOの中で研修者を受け入れているところが殆どないのはどこもリスクを犯したくないからですね。せいぜい資金調達のための短期スタディーツアーが年1回でいいところでしょう。私はそれでも研修者を受け入れると決心してはいますが、しかし野放図には受け入れるつもりはなく、ひとつの私自身の判断基準を、このブログのように持っているということです。私の後ろには、ミャンマー人スタッフがいて、そのまた後ろにはその家族がいて、目の前にはミャンマー人の患者達がいて、それを多くの日本のドナーがまわるく取り囲んでいるという構図だと思います。たとえ専門知識やごくごく普通(これが大事)の人でも、これからも受け入れていきますよ。これでNAOの答になりましたか?もしうまく伝わらなければまたコメント下さい。
by japanheart | 2006-02-08 16:52 | 医者の本音 | Comments(5)