ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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いのちの授業

いのちの授業

 今年から小学生を対象に、”いのちの授業”を始める。
 一クラス程度の少人数相手の授業にしたいと思っている。

 小学生の講演会を全校生徒にといってよく頼まれるが、それが平等だと教師たちが勘違いしている節がある。
 小学校の1年生と6年生に同じ話をしても、同じように理解はできない。
 低学年には低学年の話し方があって、それをすると高学年は興味を失う。

 しっかりいのちについて理解してもらいたいと思えば、どうしても高学年に焦点を与えることになる。

 そうすると、低学年はきっとあまり分からないだろう。
 相手の理解度も無視して、一部の人たちに理解できる内容をすれば、それこそ私は不平等だと思うがいかがだろうか?

 たった60分程度の話のなかでは限界がある。

 話を戻そう。

 いのちの授業は、無料で行う。
 交通費は負担してもらうが、講演費は無料。

 子どもたちにいのちについて理解してほしければ、自分のいのちを相対化するような経験を持たさなければならない。
 人は他人と比べて初めて、自分の立場を理解する。
 
 安全で、解毒化された日本の子どもたちに、打ち込む予防接種みたいなものだ。
 社会が、親が、面倒見すぎているのかもしれない。
 大人から見て気の毒なことが、本当は子どもにとって必要なことだってたくさんある。

 そういえば、ずいぶん前にミャンマーの子どもが亡くなるストリーを写真を少し入れて小学校かどこかで話したことがあった。
 あとで校長に、あの話はちょっとまずいようなことをと言われた。
 結末が不幸になるような話はしないでほしいと言う。

 世界は、不幸で満ちている。
 世の中には、残酷な世界もあるんだ。

 それを知ることも大切な教育だと思う。

 おとぎ話の世界だけを、子どもに押し付けてどうする?

 人は死ぬ。
 人は病気になる。
 
 別に、不思議なことではない。

 いのちの教育は、人が死ぬということから、教えていかなければならない。
 
 
Commented by スラッシュ at 2013-11-03 16:37 x
案外、死というものを子供達は理解しているかもしれませんよね。

自分の記憶を辿ってみると、

幼い頃に親が死んだらということを想像して泣いた覚えがありました。

大人になり誰かにそんな話をすると、

「あった、あったw」という同意を得る事もありました。

もしかしたら子供達にとってのいのちの教育とは、

同時に愛というものを感じさせることこそがリアルにつながるのかなと、

そんなことを不図思いました。

それでも最近のガキは何を考えているのかわかりませんから、

今度ばかりは、

吉岡先生にとっても、難しいミッションになりそうですね。
Commented by モモ at 2013-11-07 12:16 x
図書館にいたとき、すぐには理解できなかったことのひとつに、小学校3年生ぐらいになると「怖い本」を読みたがる、ということでした。もちろん、その時は流行りの児童書でしたが。
子供とはいえ、どこかで恐怖も習得したがっている、ということは自分のコドモ時代を思い返してもとても普通のことで、ただ、あえて自分から「怖い本」を図書館や書店で手に取ることをしなかったなと。
きっと、いまのコドモたちは不必要に守られていて、大人本位の歪んだ安全のなかにいるからじゃないかなと思ったりします。だから、本能的に自ら「何か怖い本ない?」と私たちにたずねてきたのかと。
いまの子供たちにこそ、先生からのお話が必要です。そして、きっといまの子供たちも、理解すると思います。
だって、とても知りたがっていると思うから。
by japanheart | 2013-11-03 08:18 | 子どものこと | Comments(2)