ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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鎧を誇る人たちへ

鎧を誇る人たちへ

 スポーツの世界は医者の世界と違ってつくづくいい世界だと思う。
 ほとんどの場合、過去の栄光や現在の肩書きなどは現在は何の役にも立たないからだ。
 ところが医者の世界は、そうはいかない。

 例えば専門医という制度がある。
 誰かを評価するときに、すぐに専門医を持っているかなどと言ったりする。
 柔道や空手や剣道も同じで、何段を持っていますとやったりする。
 だから、みんなそれを求めて迷いなく進むことになる。

 ところが、このような世界から遠く離れて生きている私にとってはこんな制度など何の意味もないことになる。
 できるかどうかが全ての世界にいる。
 スポーツの選手達は、数字や結果が確実に表れるので、私はいわばこのような世界観の中にいる。

 専門医や段位を持つというのは、私から見れば同時にリスクを背負うということになる。
 柔道3段ですと威張っている人間が、初段の人間に試合で負けたときの心情はどのようなものだろうか。
 もし小児外科や形成外科、消化器外科の専門医を持っていますと、それを拠り所したり誇りにしている人間より、私のほうが圧倒的に手術が出来れば一体どう思うだろうか?そういう人間は例外だと、黙殺してしまうのだろうか。
 人間、形だけを追い求めてはいけない。
 中身のともなわない器など、滑稽でしかない。

 専門医や段位などという形は、自分の中のひとつの到達目標であって、外に向かって誇ったりしてはいけない。ましてやその尺度で他人を見ていると、世間知らずの自分が恥ずかしくなるからやめたほうがいい。

 ミャンマーやカンボジアにもたくさんの医療者がやってくる。
 日本での量的経験値では、多分、生涯私の追いつく人間は少ないと思う。

 繰り返しになるが、地位や名誉は、他人に誇るものではなく、それを使うことによって世のために役立てるためにこそ、天から与えられたものだと認識する。
 形や器にとらわれず、いつも他人の真の実力、すなわち中身を見抜く目を持つ。(その為には自らが形に重きを置いていてはならない)

 専門医をもつことよりも、たくさんの手術を経験し、たくさんの患者を経験することを基準に日々過ごす。
 
 どの世界にいても真の実力をつけるように生きていく。
 結局はそれが、どんな時代でも、どんな世界でも、自分を助ける唯一の力になる。

 中身がないのに器だけ立派なものをもっている人間は、見ていてみっともないと悟らねば。
Commented by スラッシュ at 2013-08-09 16:38 x
例えば、医者なんかで言えば、

医者になってからが勝負の人と、

医者になることがゴールであるという人がいるかと思います。

この例えは適切ではないとは思いますが、

間々に、女医と呼ばれる方は、

後者の場合が多いような気がいたします。

自分は担当医が女医であった場合、

やや不安を感じる場合が多いですね。

しかし悲しいかな、女性は大好きです。
by japanheart | 2013-08-07 01:21 | 医者の本音 | Comments(1)