特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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こうやって歴史は刻まれる

こうやって歴史は刻まれる

 震災から1年が経った。多くに人が、現場から去り、被災地も徐々に回復し始める。
 建設業界は、活気づき震災バブルが続く。
 漁業が破壊され、未だに復帰できない人も多い。
 仮設住宅の中で、寂しく生きている人たちも、そのままになっている。
 家族を失った人たちの悲しみは多分、私たちの考えているよりずっと生き残った人たちを、釘づけていくことだろう。

 そんなことは”いのちの現場”で何度も目撃してきた人間ならばよく理解できる。
 しかし、こんなに一度に、その光景を見せつけられると、なんと声かけをして良いのかもわからない。
 
 60数年前、東京大空襲ではアメリカの無差別爆撃で10万人が一夜にして亡くなった。
 あの時の人たちは、どうやってそれを耐えたのだろうか?
 広島の、長崎の原爆も同じだった。
 あのあと人々は、どうやって悲しみを癒し、自分たちを元気づけ、生きてこれたのだろう?

 こんなことを考えるたびに、たった”ひとつのいのち”の大切さを噛みしめる。
 2万人、10万人、その数はもはや私の中では数値ではない。

 何人の人間を助けてきましたかと、聞かれることがよくある。
 「何万人救いました!」というと聞こえは良いかもしれないが、それでは私のやってきた医療は、ぼやけてしまう。
 何人の人を助けましたか?
 何人の子どもたちを助けましたか?

 そう聞かれれば、私の本音は多分、以下のようになると思う。

 「いつもがんばって、目の前いる”たったひとりのこども”を助けようとしてきました。そして、ひとり、またひとりと助けてきました。」

 

 今回亡くなったひとたちも2万分の1人りではなく、誰かにとってのかけがえのない”たったひとり”だから尊いのだ。
 言葉はいらない。
 変な慰めは、かえってこころをかき乱す。
 
 多くの人は大切な人を亡くした家族のそばに寄りそう医師や看護師のように、静かに寄り添おうではないか。
 多分それだけで良いような気がする。
Commented by レイコ at 2012-03-12 09:00 x
吉岡先生、
『たとえ命を助けられなくても、心が救われる医療を』
私は先生のこの言葉を胸に日々看護をしています。
今日も私の胸に届いた言葉を、
また病める人々のこころに届け続けていきたいと思います。



Commented at 2012-03-13 05:19
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
by japanheart | 2012-03-12 01:22 | 医者の本音 | Comments(2)