特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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腎透析セミナー IN YANGON

腎透析セミナー IN YANGON

 ミャンマーに透析を広めることを加速させるために企画した透析セミナーがヤンゴンで開催され、うまく成功したと思う。

 講師は、小児腎臓の大御所、瀧先生お願いし、これに専門看護師と専門技師の方にもお願いし、5日間のセミナーが行われミャンマー中から腎臓関係の医師看護師などが集結し、この講演を受講した。

 今後もどんどん企画し、提示してゆきたい。

 透析というのは、お金がかかる事業になるが、これがないと患者は死んでしまうという現実がある。
 日本でこの恩恵にあずかっているのは30万人もいる。

 ミャンマーの人口は日本の人口の半分。
 これがこの国に広がると、少なくとも15万人の患者たちが将来的に助かるということになる。

 5年くらいかけてじっくり取り組んでみたい。
 慢性腎臓不全でなくなる子どもをみるのはつらい。

 1996年だったと思う。
 小学校4年生の女の子が、私が巡回診療していたミャンマー中部の村に牛車で運ばれてやってきた。
 約1日もガタガタと本当にしんどくて大変なのにやってきてくれた。
 体はぱんぱんに腫れ、すでに動けなくなっていた。
 私はほとんど希望なく神頼みのような心境である薬を処方した。
 それくらいしかやることがなかったのだ。
 だから祈った。
 どうかこの薬が効いて、この子が助かりますように、と。

 1週間後、再びその村に巡回した。
 その子はそこにいた。
 1週間前よりさらに体は腫れ、皮膚からは水がしみ出していた。
 私はどうしていいのか、わからなかった。

 そのとき、一筋の涙を流しながらその少女が、こう言ったのだ。
 「おうちへ帰りたい、、。」
 
 私は同じ薬をうつろな気持ちで再び処方した。
 親は娘のその言葉を聞き、村へ帰りますと言った。
 私はうなずくしかなかった。

 それから1週間後、ミャンマー人スタッフがこう教えてくれた。
 「あの少女が亡くなったそうです。」

 あの少女の一筋の涙とうつろな私の姿を今も思い出す。

 やっぱり透析は必要だ。
 私にできることは何でもするつもりだ。
 
by japanheart | 2011-11-27 00:52 | 活動記録 | Comments(0)