特定非営利活動法人ジャパンハート ファウンダー・最高顧問。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
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スマイル、スマイルーその1

スマイル、スマイルーその1


 ガンや難病の子どもたち家族での思い出の記憶をとはじめたスマイル・スマイルプロジェクト。
 
 子どものいのちの未来は分からないが、病気で戦う子どもも、その親や兄弟にも少しでもいい思い出と生きる気力をもってもらうためにとはじめた。
 医療者がその旅行に付き添うこと、どこでも可能な限り希望の場所に行く、ということがこの特色だ。


 昨日、7月にディズニーランドに旅行に行った女の子のお父さんからメールが届いた。

 29日、この女の子はこの世を去ったという内容だった。
 でも念願のディズニーランドに家族でゆき、誕生日にはイチゴのケーキを食べ、、、、、、。

 本当に感謝をしてくれているようだった。


 しかしながらといっては何だが、やっぱり私は奇跡でもいいから子どもには生きていてほしいと思った。
 どんないい思い出をつくっても、ちょっとむなしい気がした。
 短い文章からでもこの父親が、どれほどこの女の子のことを愛おしく思っているかが、痛いほど分かった。

 何と私たちは無力なのだろうか。
 いのちに対して何と。

 せめてこれくらいのことしかできない自分がこころ苦しい。

 そんな気持ちを引きずりながら、それでもやってゆくしかない。
Commented by aki at 2011-09-01 00:58 x
まだ2年目の小児外科医です。昨年先生と同じような境遇にあい、同じことに思いをはせました。
8歳の女の子。約1年の闘病の末、亡くなりました。最期は自宅に帰り、家族でディズニーランドに泊まり、憧れの白いドレスを着ました。そして、みんながいる自宅で亡くなりました。ご両親には、「先生のおかげで、楽しい入院生活も送れ、最後はやりたいこともできて感謝しています。」と言っていただき、今も時折連絡を取る関係です。
しかし、8歳の女の子。生きていれば、今後何十回もディズニーランドに行け、やりたいことは無限に広がり、ウエディングドレスも着られたはず。楽しい入院生活って・・・入院なんてしないにこしたことはなく、なにより命を救えなかった医師は、結局なにもできなかったのと同じ。せめてもといろいろ奔走したことは、負けを認め、慰めをして自己満足したかっただけなのかな?と自己嫌悪。
無力でした。だからって逃げられません。消化しきれず、押しつぶされそうにもなりますが、次こそは、と歯を食いしばって進むしかないですね。そうして1年。少しは変わったと、その子に言ってもらえる自分なのか、自問自答しています。
by japanheart | 2011-08-29 22:49 | いのちの重み | Comments(1)