ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

大病に関して

大病に関して

 生まれつきの異常、すなわち奇形や疾患のことだが、
例えば、口唇裂、多指症、顔面の形成異常、その他もろもろ、こころに大きなストレスを与えるもの。
身体の方は、心臓病や腎臓病、小児のがん、などなど、それらを大病としてイメージしている。

 このような病気に苦しむ子どもは多い。
 誰のせいでもない、多分、この異常の発現は本当に心が痛む。

 このような異常の発現に関しては医者は決して子どもや家族に最大限の注意を払わなければならない。
 また、その後の状況に関して、何が起こっても子どもを責めてはいけない。
と私は思っている。

 いい医者に出会えるかどうかは、運みたいなところがある。
 しかし患者側からすると、どの医者もいい医者なのだということを信じることからしか、医療を受けることが始まらない。
 その医者がいいかどうかは治療を受けてみて初めて患者側には、なんとなくわかるものだから、初めからは多分わからないだろう。

 むかし、5歳のある子どもががんになって、目に転移を起こし、見えなくなってしまった。しばらく子どもも混乱し、性格が変わるほどに当たり散らしていた。しかししばらくして少しづつもとのように安定した性格になってゆく。
 当時の私には、どのような状況になっても、正しいこととそうでないことは、子どもに親や周りは教えなければいけないと思っていた。
 しかし、今はそうは思わないようになっている。
 この子どもがあるとき、目が見えないのに病棟から突然、消えていなくなってしまう。
大騒ぎになり、皆が必死に探す。1時間以上探し倒した時、ようやく倉庫のもの陰にかくれていた子どももが発見される。一同、そっと胸をなで下ろす。
 私の上司の医長が、大きな声で、本気になってその子を怒った。私も親も看護師たちも、それは仕方ないことだと、あるいはこの子は今回は悪ふざけが過ぎたなと、いう思いで、その光景を静かに見守った。

 しかし今は思うのだ。
 本当に悪ふざけが過ぎたのだろうか?
 目の見えなくなってしまった、つらい治療が続く、この子の立場に立った時、その行為は一体、何を意味していたのだろう?

 今の私はどうするだろう?

 今の私なら、笑ってその子を抱きしめようと思う。
どこに隠れていたのか?どうしてそこを選んだのか?その時どんな気もちだったのか?わくわくしたか?そんなことをいろいろ聞いてあげたいなと。

 そして、また次の日も、その次の日も、その子が飽きるまで少しの時間でも見つけそれに付き合いたいと思う。
 医療とは、一体どうあるべきだろう?

 大病にある子どもには、ことばを選ばなければならない。
 大病にある子どもには、こころを砕かなければならない。

 これがいい加減な医療者は、やはり少しおごりがあると思う。
 おごりは自信と少し違う。
 このことをいつも肝に銘じておきたい。


 
Commented by UME at 2009-11-12 12:35 x
思うように事が運ばなかった時
自分の気持を理解してもらえなかった時
生活に窮したとき
家族に病が発生した時
自分の今を嘆くことがあります。

でも考えてみたら
この日本でのんのんと暮らしている事自体
とても幸せなのだと感じます。

どんな辛い状況でも
生きているからこその幸せがあります。

誰しも 遅かれ早かれ「死」に向かって
生きているのだと思います。
先生のように 残していける技術やハートや
他人様からの感謝があるはずもありませんが

「死」に向かうその日に
恥ずべきことのない いい人生だった。
そう思える毎日を送りたい…。

このページを見せていただく時
また背中を押されています。
Commented by hearty at 2009-11-16 14:10 x

つらいとき、悲しいとき、無駄な励ましよりも、ただ隣に座り、泣き止むまで一緒にいてあげるだけでいいときがあると思います。

先日、知人の妻が大動脈剥離という症状で緊急手術しました。一命は取り留めたものの、左手に麻痺が残り今後はリハビリが続きます。
医師は何度も「死亡率が高い病気で生き残ったなんて奇跡ですよ」と繰り返すそうですが、それで「あぁありがたい」と喜べない夫婦の心を感じました。

一晩明けたら自分の体が言うことをきかない、、、、それでも笑えというのか、それでも感謝しろと言うのか。

いつかきっとそういう日はくると思いますが、まずはその方の驚きや、とまどいを受けとめてあげて欲しいと思いました。

ですから先生の「抱きしめてあげよう」という言葉に涙がでそうでした。

対人援助職
どんなときでも謙虚でいたいものです。こちらのエントリーをみるたびそう思います。
そして、実際私もミャンマー滞在中にたくさん目にした「口唇裂、多指症、顔面の形成異常、頭の異常に大きい子」などに救いの手が届くよう祈り、先生始め皆さんのご活躍を心より応援します。
Commented by 中村文香 at 2009-11-16 22:04 x
先生の「笑ってその子を抱きしめてあげよう」というお言葉。
大変胸にしみました。
昨年の夏に私もミャンマーで看護学生として皆様にお世話になった者ですが、あれからもまたオーストラリアの大学で学ぶことの多い日々を送っています。

病気に苦しむ人。
その苦悩や葛藤は本人にしかわからず、
本当に理解することは不可能なのかもしれないですが。
看護師として少しでも歩み寄れるようにと毎日思っています。

大病の子供はもちろんですが、
全ての人がそれぞれの思いを抱えて。
必死で生きているのだから。
その思いを受け止められるよう。
先生のようにまずは「笑って、抱きしめる」
そういった人でありたいと強く感じます。

先生とまたどこかで、医療を通してお会いできることを
心から願っています。
ご活躍心から応援しています。
by japanheart | 2009-11-12 10:56 | 活動記録 | Comments(3)