ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。


by japanheart
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30

運の悪いおとこの話

運の悪いおとこの話

 運の悪いおとこがいる。
 もちろん私である。

 1995年からミャンマーで医療をはじめ、当時は未熟な自分のレベルにもかかわらず、果敢にというと聞こえはいいが、若干、無謀に思えるほどに手術に挑んできた。
 当然、手術がうまくいかなかったことはあったが、事故や危機的な状況に陥ることは皆無であった。
 当時の私は、神仏に守られている、感じていた。
 自分は運のいい人間なのだと、思えた。

 2年前はじめて、事故が起こったり、人が様々な理由で亡くなった。
 自分はそれほど運が良くないかっも知れないと、ふと、感じはじめた。
 神仏も本当は守ってくれていないのではないかと。

 昨年、本当に何人かの子どもが亡くなってしまった。
 理由は様々で、医学的に言い訳はいくらでもできるが、要は、私が、私たちのチームが治療に挑んで、あるいは挑もうとしている過程で、子どもが死んだ、あるいは死なせてしまったということだ。

 このとき、私は本当に運のないおとこだと認識した。
 神仏などにも守られていないのだと。
 そんな何かに頼ろうとする弱い心を、もっているから、人を死なせてしまうのだと、わかったのだ。

 このとき、宮本武蔵の、「神仏は尊し、神仏は頼まず」を理解できた。
 それから、自分を本当に頼りにするようになった。
 それ以来、人は亡くなっていない。

 昨年までの医者たちが、ちょうど今年の3月で総入れ替えになった。
 それからまた私が前面に出て、手術を始めるようになった。
 妥協をする気はない。スタッフにも私の中の厳しさと同じものを持ってもらう。
 私が怒るのは、それが足りないからだ。
 私の怒りに、びびるのは、同じ厳しさを自分の中にもてないからだ。
 私の怒りは、武蔵の白刃だ。
 同じレベルにないと、恐怖する。
 武術家は自分のいのちは、自分で守る。
 私たち医療者は患者のいのちは、自分が守る。ということだ。
 神仏は守ってはくれないと知る。
 その意識だ。

 いくつもの、死んでいった患者たちのことを思い出す。
 そのとき私と一緒にいたスタッフたちよ。
 今何をしているのだろうか?
 おいしいものを食べ、酒を飲み、歓談し、輝く未来を空想し、、。
 
 片時も忘れるな。
 誰か他人のせいにするな。
 運や偶然のせいにするな。
 全部、一人ひとり、自分のせいなのだ。
 
 医療者とは、そういう職業なのだ。
 
 
 
 
 

 
Commented by Asian Hope at 2009-08-12 09:40 x
「全部、一人ひとり、自分のせいなのだ。」
このことば、わたしは医療者の方に限らず、どの仕事も同じだと思いました。
医療者の方は人の命を守るという責任重い仕事ですが、たとえ責任が軽い仕事でも一生懸命に取り組む必要があると感じております。
わたしはお医者さんのような立派な職業ではありませんが、うまくいかなかったことを自分のせいではなく他のせいにしていることがあります。
それは間違っていると改めて感じました。うまくいかなかったことは、自分の今までの行いの結果であると真摯に受け止めようと考えを改めました。ありがとうございました。

by japanheart | 2009-08-12 01:23 | 医者の本音 | Comments(1)