お金についてーその1
2009年 04月 24日
今日はぜひ「お金」について書いてみたい。
ジャパンハートは無償・無給で働く組織であるとテレビや雑誌などいろいろなところで紹介されている。
最近、いろいろな理由で、というより、そう理由をつけてお金について意見を言ってくるものが多くなってきたので、私の考えを述べておきたいと思った。
ジャパンハートの活動に参加するものは少なくとも最低1年は完全に無給でしかもすべて自己負担で参加してもらう。
お金がほしいならばいくらでもほかの組織を当ればいい。そんな組織はそこらじゅうにある。
持ち出しが気にくわないなら、参加しないほうがいい。別に私はそのような人と一緒に働きたいとも思っていない。
国際協力を長くやってきた私にとっては、ほとんどの人は知識も経験もないかわいい生徒に過ぎない。
多くのものが外国でもいい、別に国内でもいい学校へ行って学ぶときに、お金をほしいとは思わないだろう。授業料も払うのではなかったのか。
だから私もそうしている。
お金を払ってでも習え、いやならやめろということ。
面白いことにこのお金がほしいという意識は、医者より看護師にうっとおしいほどにこびり付いている。
なぜかを考えてみたら、最近は知らないが、私のころは医者の給与は低かった。特に最初の2年の研修医時代は、ひどかった。正社員ではもちろんない。私はそうではなかったが、私大の大学病院は給与とは呼んですらいなかった。東京の病院でも、一月の給与が、夜も昼もなく働き続けて1万円、2万円程度だった。いまだになんでこれを社会が放置していたのかが理解できないでいる。ありえないことだ。
もちろん海外の病院へ研修に派遣されていく場合でも全額自己負担。何百万円も自分でで払っている。
一方、看護師たちは、卒業してすぐに何十万(少なくとも20万円前後)も給与は発生、ししかも、正社員だった。だからボーナスもある。まだ実践を何も知らない、経験もないものがそんなに給与をもらうところからスタートする。その環境の中で、報酬という観点からお金に対する意識づけが出来上がってゆく。
ここに来る若い医師たちは、最初から諦めている。その経験から学ぶときにはこういうものだという考えが出来上がっているからだ。
看護師は逆。給与はなくても、せめて何らかの補助をと考える。
そんなこと私がするわけはないだろう。
たった一年や二年を無償でするだけの人間になぜ何年もそうしている私が保証しないといけないのか。
学ぶときはせめて何も期待せず、愚痴も言わずお金くらい自己投資したらどうだろう?
それがいやなら早めに退席してほしい。
席が空くのを待っている人たちが多くいるのだ。
私は鬼ではないので、今年から3年以上働いてくれているものには、給与を発生させることにした。
といっても、パートタイム程度の薄給だが。
多くの看護師が黙々とそんなことも言わずに働いてくれてはいる。
ここは日本のボランティアの組織、多くの寄付者が人件費にはお金を使わないでくれというのだから仕方ない。ぎりぎりまで、やっぱり、その希望をかなえなければいけないだろう。