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ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。
by japanheart
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さわがしいミャンマー現状
さわがしいミャンマー現状

 ご存じの通り今、ミャンマーはかなり騒がしい。
 テレビだけでなく毎日商売を生業とする人々が、この国を訪れはげしく政府の役人や高官に会うために、あるいは調査等にやってくる。

 日本の政治家たちもミャンマー友好会なる組織を立ち上げたり、まあ、騒がしいこと、この上ない。

 この17年間、この国を内からも外からも見てきた人間として、まるでハイエナが死体に群がる光景を見せられているような気がする。
 日本だけじゃなく世界中がこの調子だから、どうしようもない。

 人々の暮らしもしばらくは大きく変わるだろう。貧富の差はますます激しくなる。ある程度社会が落ち着くまでに10年や20年はかかると思う。豊かになったその頃には、国民のための保険制度ができているかもしれない。


 最近、政治家や起業家をはじめ様々な分野の人たちと知り合うにつけ、やっぱり市井の人の感覚が一番、信用できるし、まともだなと思うようになっている。
 だけど、いつも犠牲になったりツケを払わされるのはこの真っ当な人たちなんだから、悲しくなる。
消費税の問題、一つとってもそうだろう、、、。

 昭和30年代の日本ような好景気のそして急成長をするミャンマーのど真ん中にいて、真っ当な生き方をしなければと改めて思った。

 その真っ当な生き方とは、市井の人により添う生き方であり、流行や廃りに沿って右往左往する生き方ではなく、自分が正しいと思うことをこつこつと良いときもそうでないときも愚直に続けていく生き方。

 私にとってどんな人生が望ましいのだろうか?

 どこかの政治家のように権力者になりお金お動かしたり、大きな仕組みを作ったりして、どんなもんだという風に世間に知らしめる生き方ではない。
 どんどんお金を儲けて、自分は大した人間で、贅沢な暮らしを当たり前にする生き方でもない。
 有名な企業家になり生涯、お金の心配をすることなく、やりたいようにやっていく生き方でもない。

 当たり前の市井人のように、毎日お金の心配を少し位しながら、世間の不合理に怒りながら、小さなことに幸せを感じる感性をもって、困った人がいたら迷わず助けてあげたいと思っているような普通の人間でありたい。

 ミャンマーにいて、今感じるのは、そんなこと。

 
 
# by japanheart | 2012-05-22 01:57 | 医者の本音 | Trackback | Comments(1)
少女来日の今後
少女来日の今後

 昨日、ミャンマーから治療のために来日した少女ニーニールイン。
 羽田で少し休み、そのまま空路岡山へ。

 昨日いくつかの検査を終了し、おなかの中の状況をおおかた外科医たちは掴んでいた。
 予定通り行けば来週の金曜日手術することになる。

 私の恩師である青山名誉院長、そして現在の東院長と非常に協力的で、誠にありがたいことだと思う。
 
 日本はミャンマーからみて海外で確かに進んだ国。
 しかしながら、病気の子どもとその子を連れてたったひとりでやってくる家族はいかばかりの不安かと思う。
 言葉も通じず、何もかも違う中で大変な数ヶ月を過ごすことになる。

 そこもしっかりケアーしながらサポートしなくてはいけない。

 ミャンマー国内に日本の専門家が行って手術ができる病院を建設できたらいいなと思う。
 きっと、たくさんの子どもたちがメリットを受けることだろう。

 しかし、国民は知らないかもしれないが、日本政府のODAが今度3500億円は最低でもミャンマーに拠出されることになりそう。
 この一部を使って、子ども病院を造ろうなんて考えたが、知ってた?
 病院建築の落札権利はほとんどゼネコンにしかないって。
 自分の家のように、自ら予算を取って、いい業者を自ら選び、構図を相談し、とかできないだって。
 ちょっと、おかしくない?


 じゃ、医療器機なら僕らの専門だから、出番だと思うでしょ?
 だめだめ、医療器機の応札権利は、ほとんど商社しかなんだって。

 ガチガチに利権で絡め取られている私たちの税金。
 
 自分の国の税金でまかなわれている部分にすらアクセスを許されていない。
 こんな仕組みが山のようにこの国にはある。

 こういう部分をあぶり出していくのが民主党の役目だったはず。
 あえなく撃沈。
 
 私たち国民の受難はまだまだ続きそうだ。

 ひとりのミャンマー少女のことから、日本を見ると何だか、先に自分の国を何とかしないといけないんじゃないかと、身に積まされる。

 

 
# by japanheart | 2012-05-19 16:34 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
カンボジアの貧血の少女
カンボジアの貧血の少女

 今回のカンボジア手術ミッションはミャンマー人看護師を連れての参戦となった。

 昨年からフォローしてきた10歳の貧血の激しい少女がいる。
 大きく脾臓が腫れてへそのした5cmまでの大きさになっている。
 通常の脾臓は横隔膜の下にあり、肋骨の下のラインからは出ない。

 貧血が結構あって、時々、輸血をしてきたらしい。
 本来は、血を採って分析したり、顕微鏡で見たりして診断にアプローチする。
 時には、骨髄の中身を調べる。

 しかし、、、、
 カンボジアでは、病理医といわれる診断をする医師がいない。
 この子の血を、一度顕微鏡で日本で調べてもらったが、診断は確定せず。
 次は、骨髄ということになるが、カンボジアではここで終わり。

 やがて、貧血と血小板の減少が進む。
 脾臓で、血液がトラップされ壊されていることはわかる。
 血小板が徐々に減り、9万ーー>7万ーー>5万ーーー>4万と下がりいよいよ出血の心配が出てきた。
 (普通の人は血小板は30万以上はある)

 次回私が来るのは数ヶ月後、出血はどこに起こるかわからない。
 脳に起これば、それでお終い。

 だから診断はともかく、この巨大な脾臓を摘出することになった。
 輸血を準備していざ、スタート。

 大きい脾臓を安全に取るために、ベットの角度を様々に変えながらしっかり視界に細部まで臓器を捕らえて取る、、はずだった。

 「じゃ、頭を下げるようにベット動かして!」と私。
 「すいません。このベットは壊れていて角度が変えないんです」と看護師。
 
 「WHAT????」

 奥が全く見えない!じゃないか、、、、、。

 「じゃ、XXXX鉗子をくれる。」

 「すいません。今、洗ってま~す!今から30分位で滅菌できます」

 「WHAT???」

 この子、殺す気???


 結局、この脾臓、まわりと結構、癒着もしていて膵臓も一部切除、新生血管が入り込んでいた横隔膜の一部も縫合し、締めて900ml出血した。もちろん用意していた輸血も行い、全く何もなかったように手術は終わりを告げた。
 私は、またしても2日も前から準備に現場入っていながら、ベットや器具の用意もまともに確かめていなかったスタッフたちにその後、きつく説教をしたのはいうまでもない。
 「殺す気か!お前ら!!!」ってな感じで。


 どうやら、もうすぐ退院らしい。




 

 
# by japanheart | 2012-05-15 01:45 | 活動記録 | Trackback | Comments(0)
命を燃やせー いま、世界はあなたの勇気を待っている
命を燃やせー いま、世界はあなたの勇気を待っている


 新刊が出ました。

 3年ぶりですね。
 良かったら読んでみてください。

 最近講演会で話している話、東北地方での活動の話、そしてこれから落下する日本でも、十分に希望を持って生きていけるようにメッセージを込めました。

 
# by japanheart | 2012-05-08 03:29 | 随想 | Trackback | Comments(0)
確率  1億2000万 X 1億2000万 分の 1
確率  1億2000万 X 1億2000万 分の 1

昨年末頃から、患者の数が大きく増加している気がする。
 石巻に日本人スタッフを、無理矢理向かわせた関係で、ミャンマーの医療活動は、医師は私と2名のミャンマー人医師たちになってしまうことがある。

 大きな手術は、主に私がいるときに行うことになっているので、増えて来だした患者たちの手術をまさに捌いていかねばならない。
 1日に15から25件の手術を行わなければならない。
 
 執刀は私たったひとり。助手にミャンマー人医師たちが付く。

 多いときには200名を超える外来患者が押し寄せる。
 とても1日では見切れないので、翌日に振り分けられる。

 日本人の医師に診てもらいたい。
 という希望を無下にもできず、何とか診ていると、時は夕方になってしまう。
 そこから、その日の手術が開始される。

 毎日明け方まで、12時間以上手術が行われ、私は今や宿泊施設にも帰れない。
 手術室の横の、床の上に寝袋をひき、そこが私の睡眠場所になっている。
 約3時間、毎日睡眠をとり、早ければ昼頃から、遅くなれば夕方から手術が始まる。

 宣伝もなく、噂だけを聞きつけ、ミャンマー中から患者が押し寄せる。
 何日もかけてやってくる人たちも多い。
 もっとも多くの患者が来る地域は、病院から車で飛ばして4時間、ほとんどはバスで6時間かけてくる。
 だからなるべく私は丁寧に診ることにしている。
 積極的に超音波検査やX線などを行う。

 在外の日本人たちから一様に、働きが悪いと思われているミャンマー人たち。

 しかしながら、私たちの元にいるミャンマー人は大概、朝から晩まで働いている。
 
 今後、どうなっていくかは全く不明。
 健康に留意してくれという励ましはいつも受けるが、コントロール不能。
 運を天に預ける。

 学生相手に最近、100万人にひとりのプレイヤーになるためにはという講演をしている。
 もちろんそれは彼らが私のことをそう呼んでくれている。
 
 後継者はどうするのか?と良く受ける質問だ。
 何度も何度も受けてきた。

 最近、私は自分は100万分のひとりでないことに気づいた。

 私と同じように、途上国で実際に患者を治療する臨床医療に、長期間、このくらいの密度で没頭している人間は多分、日本にはいない。
 いたら教えてほしい。
 確かに、活動の一部に医療を行ったりしている人はいるかもしれない。
 しかし、それでは、やはり同列ではない。

 私の場合は、日本の大学の小児外科講師をしていたときよりも、格段に医療の技術は進歩している。
 昔の杵柄、で生きているわけではない。
 たとえ途上国で医療をしようと、医療技術が日夜進歩してこそ、臨床医療を本気でやっているといえるのだと思う。
 10年の時を経て、このまま日本に帰って医療をすれば、そのまま通用する。
 大体、10年前の私と今の私では、人間力が全く違う。
 この10年で、仕方なくながらそれほどの経験を頂いたのだと思う。

 この閉塞感たっぷりの日本で、10年以上の期間にわたって、途上国でひたすら臨床医療を続けて来た私の存在は、1億2000万分のひとり、ということになる。

 だから私の後継者が、もしも私の元に現れたなら、奇跡としかいいようがない。

 その確率は1億2000万 X 1億2000万 分の 1 !

 まあ、あり得ないだろう。

 

 

 
 
 


 
# by japanheart | 2012-05-06 05:52 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
日本人の残念なメンタリティー
日本人の残念なメンタリティー

 第二次世界大戦で負けた日本人たちにはどうしても超えないといけない壁がある。
 それはたとえば、合理性がないというメンタリティー。

 その考えの基では、精神主義がはびこり、刀や竹槍で飛行機を落とすのだという考えになってしまう。
 自らに足りない能力をどうしても精神力で乗り越えるということは、気持ち的にはよくわかるが、最後まで合理性を失わないことは大切なことだと思う。

 恐ろしいことに、気がつくと日本の組織というのは例に漏れず、この蟻地獄に落ち込んでゆく。

私の主催するジャパンハートも精神的にも肉体的にもタフな若者たちがやってくる故に、知らず知らず、そこにはまり込んでいたことに最近気づいたのだ。

 勇気を持って改めてゆく。

 たとえば日本人は精兵主義だといわれる。
 達人や名人に過度に評価を与える。
 だから何かをするときに、精兵主義に陥る。
 精兵主義に陥るとは、名人レベルの人たちでないとできないような作戦を立てたり、プログラムを組んだりしてしまいがちだ。
 しかし、本来は普通の一般人が達成できるレベルの作戦やプログラムを堅固に作り上げ、それを積み上げてゆくのが長い経過の中では最後には、有効であると歴史が証明している。

 私たちがやっているような活動もまた、私のような経験が長い医者ががんばるものではなくて、ごく普通の経験のものたちが集まっても成果を得ることができ、それを積み重ねていくことによって私が成した成果を大きく上回ってゆくそうなる方が、理にかなっていると思う。

 組織から精兵主義を極力排除し、今後取り組んでみたい。
 今までは、余りに精兵主義故に、後継者すら育たなかった気がする。

 もちろん、精兵主義が不必要なものではなく、もちろん大切なポイントでは登場させることに疑問はない。

 これからジャパンハートはしっかりと必要なものはお金でも資材でも使いながら、ある程度の経験があれば誰でもできるようなスキームを多く生み出し、世に役に立っていきたいと思っている。



 
# by japanheart | 2012-04-23 00:51 | 医者の本音 | Trackback | Comments(0)
どんな組織を作りたいのだろうか?
どんな組織を作りたいのだろうか?

 どんな組織を作りたいのかと考えることがある。
 匠の国、日本の生まれだから、やはり”質”こだわった組織を作りたい。

 安かろう、悪かろうではまるでどこかの国の商品のようだ。

 今までジャパンハートの現地での医療は、なるべくお金をかけないようにしてやってきた。
 海外に圧力をかけられ、発展から取りのこされている国では、余りに現地の医師たちを刺激すると活動自体が成り立たなくなるからだ。

 限られた資源の中で、日本より高い医療を目指すが、今までのコンセプトだった。

 しかし、これからはもう少しお金をかけるようにしたいと思う。
 それは、やはり質にこだわりたいからだ。
 まあ、そこはコスト対パホーマンス、ある金額で最高の成果を上げてみたい。
 医療は、一応、サイエンスだから。
 
 この毎日の質が、我が人生の質そのものと直結する。
 たとえお金に恵まれなくても、芸術家がその芸術の高みに達したならば、質の高い人生だったということになる。
 何を人生の中心軸にそえるか?
 私ならば医療ということになるし、専業主婦ならば、良き家庭を作るというこになる。

 さあ、どうだろうか?

 それぞれの人が、何に人生の軸をおき、そこでどのような質を追求するのだろうか?

 人生は、質に極まる。

 もちろん、量から生み出される質もあることは忘れてはいけない。

 人生は、ひたすら質にこだわる時期と、量を一生懸命、かけなければならない時期がある。

 私は量に恵まれた人生だから、いつも質を意識して生きている。
 
# by japanheart | 2012-04-16 12:41 | 基本 | Trackback | Comments(0)
長い夜を越えてゆく
長い夜を越えてゆく

 昨日は、大阪である大手企業の新人研修で講演をした。
 ここ3年ほど、毎年行っている。
 学生から社会人へと二週間ほどの合宿で変わっていく。
 私は関わるのは、いつも最終日の二時間ほど。
 既に、学生の殻が脱げかけている。
 良くも悪しくも、これから汚れていくのかも知れない。

 今日は、岡山に来た。
 今は羽田に向かう飛行機を空港で待っている。
 ここへ来た目的は、国立病院で、ミャンマーの少女、ニーニーの治療を受け入れてもらうための相談をするためだ。
 おおかたの日程が決まった。
 5月18日羽田に到着する予定にした。

 この少女と、家族の長い長い夜が明けてくるかもしれない。

 今回受け入れてもらう病院の小児外科医の先生も、資金集めの時、寄付をしたと言っていた。
 ありがたいことだ。

 ミャンマーの子どもたちの保護施設「ドリームトレイン」。
 もうすぐ子どもたちの数が150名になる。
 1年程度で6倍になった。
 
 子どもたちはもう陽の当たる場所へ出ているのかも知れない。

 大きなことはできないけれど、それでも少しずつ、少しずつ。
 そうやって長い間やってきた。
 
 長くやれば少しは成果が出るもんだ。
 皆さんも、あきらめずに何かを続けてみたら?
 私でも成果が出るんだから、同じように出ると思う。

 
 
# by japanheart | 2012-04-13 19:42 | 子どものこと | Trackback | Comments(2)
命の話をしよう
命の話をしよう

 今日は命の話をしよう。

 なぜに私は命にこだわるようになったのだろうか?

 ミャンマー、昔ビルマといわれていた国に行ったのは17年前、ちょうど戦後50年目だった。
 私が子どもの頃、大阪の町や近くの駅の地下には、いつも手や足がなく、古い軍服を着て、タートルを巻いた物乞いの人がいた。戦後20年以上もたった頃の話である。

 多分嘘だと思うが、子どもの頃通っていた塾の校長は、自分は神風特攻隊の生き残りだと、私たちに何度か言ったことがある。時代がまだソ連が元気な左よりの頃で余り大きな声では言えなかったのだろうが、どことなくそれが勇敢でかっこいいことだとその校長は思っていたんだろう。

 ミャンマーにはじめて行った頃、多くの現地の年寄りたちが戦争に参加していた日本人たちとの交流や関係を話してくれた。そこには、戦後の偏った教育の中でゆがめられてしまった日本という国に対する概念を全く覆すものだった。

と、同時に戦争に参加した日本人たちに全く同情した。日本人には生きることがつらいこんな熱い国で、戦い死んでいかなければならないという運命に、何とも言えなくなってしまった。

別に私が言ったことではないが、少なくとも大局的に観て、アジアの国々が欧米発の植民地主義から解放され、大戦後に次々に独立していったのは、日本が欧米をアジアから一時的にも追い出し、各地、各国に独立のための組織や志が創られていったからだろう。
 それを全く日本がアジアのためにやったわけではないが、結果的に歴史はそう動いたのだ。

 インドはサンフランシスコ講和会議に参加していないという事実を知っているだろうか?
 インドの首相は、日本なかりせば、30年は独立が遅れただろうと言っていた。
 そしてこの不当な講和会議には、不服として参加せず、その後、独自に日本と講和条約を結んでいる。

 日本は、日本人たちは、何百万人もの犠牲を払い、戦争をおこなった。
 行わなければならなかった。アメリカが不当に経済封鎖し、圧力かけたということだけでなく、今も変わらぬ政治的センスの欠乏からかもしれない。政治を何とかしないと、別の形で今後も犠牲は出るだろう。

 自分で、期せずして、実際の現地人から真実の歴史の声を聞き、そして自ら学び、考え、そして今ある結論に達している。

 それは、
      人間生きなきゃ、だめだ。
 という結論。
少々、惨めでも、恵まれなくても、10代で特攻なんかに行っちゃだめだ。
戦争で散華していった英霊たちに感謝しつつもあえてそう言いたい。

もし時代が変わり同じようなことがあれば、私たちのような世代の人間がまず行く。
だから若い人たちは、命を大切にして人生をもっと楽しまないとだめだと思っている。

国も政治も、人の命を奪っちゃいけない。
アメリカはまだやっているけど、一度、戦争に惨敗してみると悟るだろう。
それまではまだ国としては子どもみたいなもんだ。

私は自分の命の、その大切さを手に取るように認識したいと思っている。
でもそれは健康で生きている限り、難しい。
命という、手に取ることができないものの大切さなど理解できないのだろう、本当は。
でも、ある刹那に、その影を見ることができる。
命なるものの影を。

それは、自らの前に、その存在や健康を脅かされた人がいて、その人たちが亡くなったり、あるいは生還したりしたときに、命というものの価値と存在を感じることができる。

 そして、いつも思う。

 何もかも、何もかもが、生きていればこそ、だなと。


# by japanheart | 2012-04-06 03:23 | いのちの重み | Trackback | Comments(5)
夢のつづき
夢のつづき

 先日、出版本でのインタビュ-の中で、最終的な目標は何か?という質問があった。

 私の答えは「ない」だった。

 いつも前に倒れて死にたいと思っている。

 何をどこまでやれば満足いくのか?それははっきりしない。
 子どもたちを1000000人救えば満足するのか?それとも数人でも良いのか?といわれれば別にどちらでも良いと思うからだ。

 医療も人生も一期一会。

 だから何かしら、その瞬間に、完結しているような気がする。

 死後、誰かにほめられても別にどうでも良いだろう。
 だから生きている間に、納得いく人生をと考える。
 将来に、何かしら達成目標はあっても良いが、別にその途上でもOKと考える。
 到達距離よりも、到達すべき方向性が大事なのだと。

 何をなしたかということよりも、何をなそうとして動き出していたか?それが大事だと思う。

 私はこの先どこへ行こうとしているのだろうか?
 10代で見た、夢のつづきを、齢50近くになっても追いかけている。

 人生にはゴールなど存在しない。
 今という”永遠なる現在”が、果てしなく続いているの過ぎない。



 

 
# by japanheart | 2012-03-31 21:10 | 活動記録 | Trackback | Comments(0)
感性一本で通す!
感性一本で通す!

 私が大好きな言葉は
          「感性一本で通す!」

 麻雀の天才、桜井章一のことば。
 正確には
      彼は、「男なら感性一本で通す」だが。

 私は、男も女も、感性一本で通せ!と思う。

この前の講演会でも言ったが、
 感性は、そのひとがそれまでの人生をかけて手に入れたすべてを一瞬で発露させたものだ。

 感性を大切にするというのは、すなわち自分の人生を大切にしている、ということ。
 自分の人生を信じているということ。

 信じるものは救われる。
 自分の人生を信じるものは救われていく。

 もしかしたらと、ふと思う。

 人生報われていない人たちは、感性を大切にしていない人たちじゃないか?
 理性が働く前の一瞬にしか、感性の言葉は聞こえない。
 一瞬を捕らえよ。

 一瞬の心の声を聞き、素直に従い、行動に移せ!

 それは、魔法の杖になる。

 「感性一本で通す!」

# by japanheart | 2012-03-25 22:43 | 医者の本音 | Trackback | Comments(2)
あなたにとって大切なもの
あなたにとって大切なもの

 今回のようにたったひとりの子どものエネルギーをを割こうとすると決まって昔からいわれることがある。

 たとえば、アフリカではたった50円の薬でひとりのいのちが助かるのに、どうしてひとりの子どもに300万もかけるのですか?

 たとえば、下痢やマラリアで亡くなるこどもはわずかなお金で助かるのに、たったひとりのこどものためにお金を使うのは理解でしません。

 予防や教育をすればもっと多くの人たちが、もっと少ないお金で助かるようになります。そのような活動に興味はありますか?

 まあ、何年にもわたっていろいろ似たようなな意見をされてきた。


 ややこしいので、結論をまず言う。

 「絶対に正しいことはない。あなたが正しいと信じることをしなさい」


 あなたの子どもが大きな病気にかかり、3000万円必要と言われたらどうする?
 同じ3000万円で20000人のアフリカの子どもが助かると言われたらどうする?

 別に、あなたの友人のこどもでもいいよ。
 いくら何でもその友人に向かってそうは言えないだろう。
 「そのお金があれば20000人のアフリカの子どもが救えるって。」
 
 そういう考えはどこか歪さがあると思った方が良い。
 理屈じゃそうかも知れないが、私たちは血も涙もある人間だからね。

 別に、そういうあなただって、あなたが食べる食事を素食にし、着るものを始末にし、あらゆるものを切り詰めてアフリカの子どもたちのためにがんばっている訳じゃない。
 人のいのちは、何よりも大切って考えている一方で。

 それってなぜよ?
 なぜ、そんな日常を送ってしまうのか?

 一度考えてみる価値はある。

 一言でいうと、あなたにとっては自分のいのちや人生ほど大切なものはない、ということでしょ。
 だからアフリカの子どもを見捨ててでも、自分の服買ったりする。
 
 だけどそれを誰もせめられない訳よ。
 だからあなたも誰も責めてはいけない。
 あなたが自分の人生を大切にするように、他人も自分の人生を大切にしている。
 あなたが自分の考えを大切にするように、他人もまた自分の意見を大切にする必要がある。

 ルールを決めるのはあなた。
 あなたの基準に沿って。

 もしも、3000万円かかっても、ひとりの子どもを助けたかったら、それをする。
 同じお金を使って20000人のアフリカの子どもを助けたかったら、そうする。
 どうするかは、他の誰でもなく、あなたが決める。

 そして今回、私は提案した。
 300万円のお金を集めて、この子どもを助けたい人はいますか?と。

 はい、私は助けたいです!といった人たちが500人以上。
 
 あなたにとって大切なもの。
 それはあなたの人生から導き出された価値観や考えであって、他人は本当はどうでも良いのかも知れないね。
# by japanheart | 2012-03-19 22:09 | いのちの重み | Trackback | Comments(2)
たったひとりのこころと体を救うプロジェクト
たったひとりのこころと体を救うプロジェクト

1月21日以来、ミャンマーのひとりの女の子のこころと体を救うというプロジェクトで募金を集めてきた。
ようやく300万円の目標額に達して、これから実行に移されていく。
ご協力頂いた皆さんには、彼女の家族に代わってお礼を申し上げたい。

今回のプロジェクトには隠された意義があった。
300万円のお金は、たったひとりのお金持ちにはたいした金額ではない。
だから今回のようなプロジェクトはお金持ちがひとりでもやってのけれることだった。
じゃあ、私たちがやる意味あるの?ということになる。

答えは 、自信がなきゃしないということだけど、こういう活動を始めてからずっとそれを意識してきた。
たとえお金を積んでもできないことは何なのか?と。

その答えは、プロセスにある。
そのプロセスで、私たちにしかできない形で、彼女とその家族に「あなたは大切な人です」と伝えることだろう。
この時の伝え方こそ、私たちの質が問われる。

そして既にそれが始まっている。
だから皆さんにも参加してもらったのだ。
たった一人の金持ちの人に頼らず。

さあこれからがいよいよ動き出す。
彼女があなたの子どもならどうする?
彼女が大切な友人の子どもなら何をする?

彼女があなたの生徒なら何をする?

そこに私が皆さんに突きつけたいメッセージがある。
# by japanheart | 2012-03-14 11:37 | 子どものこと | Trackback | Comments(0)
ピックアップ・ブロガー
エキサイトブログ ピックアップ・ブロガー


震災1年目の今週、エキサイトブログの ピックアップ・ブロガーに取り上げてもらいました。

エキサイトのブログのトップページから入れます。
震災特別編/「発展途上国の子供を救え!小児科医吉岡秀人の戦い」の吉岡秀人さん登場!

または、以下のアドレスからもリンスしていますので、よろしければ覗いてみてください。

 >今週のピックアップブロガー

# by japanheart | 2012-03-13 14:05 | リンク集 | Trackback | Comments(1)
こうやって歴史は刻まれる
こうやって歴史は刻まれる

 震災から1年が経った。多くに人が、現場から去り、被災地も徐々に回復し始める。
 建設業界は、活気づき震災バブルが続く。
 漁業が破壊され、未だに復帰できない人も多い。
 仮設住宅の中で、寂しく生きている人たちも、そのままになっている。
 家族を失った人たちの悲しみは多分、私たちの考えているよりずっと生き残った人たちを、釘づけていくことだろう。

 そんなことは”いのちの現場”で何度も目撃してきた人間ならばよく理解できる。
 しかし、こんなに一度に、その光景を見せつけられると、なんと声かけをして良いのかもわからない。
 
 60数年前、東京大空襲ではアメリカの無差別爆撃で10万人が一夜にして亡くなった。
 あの時の人たちは、どうやってそれを耐えたのだろうか?
 広島の、長崎の原爆も同じだった。
 あのあと人々は、どうやって悲しみを癒し、自分たちを元気づけ、生きてこれたのだろう?

 こんなことを考えるたびに、たった”ひとつのいのち”の大切さを噛みしめる。
 2万人、10万人、その数はもはや私の中では数値ではない。

 何人の人間を助けてきましたかと、聞かれることがよくある。
 「何万人救いました!」というと聞こえは良いかもしれないが、それでは私のやってきた医療は、ぼやけてしまう。
 何人の人を助けましたか?
 何人の子どもたちを助けましたか?

 そう聞かれれば、私の本音は多分、以下のようになると思う。

 「いつもがんばって、目の前いる”たったひとりのこども”を助けようとしてきました。そして、ひとり、またひとりと助けてきました。」

 

 今回亡くなったひとたちも2万分の1人りではなく、誰かにとってのかけがえのない”たったひとり”だから尊いのだ。
 言葉はいらない。
 変な慰めは、かえってこころをかき乱す。
 
 多くの人は大切な人を亡くした家族のそばに寄りそう医師や看護師のように、静かに寄り添おうではないか。
 多分それだけで良いような気がする。
# by japanheart | 2012-03-12 01:22 | 医者の本音 | Trackback | Comments(2)
この前、東北で
この前、東北で

 先日、東北に行ったときあるボランティア看護師に
 「先生は、怒りすぎだと思うんです。人は怒られては成長しません。ほめてこそ成長すると思います。」
と言われた。

 そうかな??と私は純粋に思う。
今ではアメリカから入ってきたコーチングが大流行で、ほめることの利点にばかり焦点が当たっているが、元々は日本は、叱ることとあえてほめる機会を少なくすることが主流だったと思うけど。
 それで日本の先人たちが、全く成長もせず、大家や名人たちが出なかったなら別だが、現実は歴史の示すとおり。
 私はほめるという行為を、おいしいものを食べる行為のように理解している。
 毎日おいしいものを食べ続けると、おいしいという感覚が鈍ってくる。
 しょっちゅうほめると、ほめられても当たり前になってくる。
 もっとおいしいものを、もっとおいしいもをという感覚になっている人が今もたくさんいいる。
 そこで粗食など出されたら、食べている間中、多分文句と不平で心とお口は一杯になっているはず。
 ところが逆だとどうなるか。
 普段、質素な食事しか食べたことのない人間が、おいしいものを食べたときは、多分、卒倒するくらい心と体は満たされる。

 要はバランスなのかも知れないが、ほめて育てることはかなりテクニックがいるということだ。
 怒って育てるのには、ほめて育てるのと比べると大してテクニックは必要ないと感じる。
 毎日毎日、満足いくおいしいご馳走を作れといわれたら大変難しい。
 一方、毎日、粗食を作れといわれても、簡単なことだ。
 それと似ている。
 ほめて育てるのは相当高等な技術ということになる。
 

 もう一つ、ミャンマーの現場に行っていないその看護師にはいくら言っても理解できないから言わなかったが、もし自分のせいで子どもが死んだら、その看護師がまともなら、生涯、トラウマをしょうことになるだろう。
 すでに私はそうなっている。
 だから、怒られることくらい軽いものだというのが私の気持ちだ。
 人を自分のせいで殺めてしまったら、生涯、救われないだろう。
 しかし、殺めたことのない人間には、その危機感がない。
 殺すという、その結果が出て初めて、自分の状況を理解することになる。
 時すでに遅し。
 時計は逆には回ってくれない。

 あなたなら、どっちを選ぶ?

 私は間違いなく、ここに近づいたらえらいことになるぞと、叱ってもらう方がありがたい。
 だからそうしている。

 所詮、経験したものにしかわからない世界だ。
 さっきの看護師も、自分がそこにいて地獄を見たらわかるだろう。

 私もほめて人を育てたいものだ。
 現地では、正直、少なくとも私は、そんな余裕はない。
 
 
# by japanheart | 2012-03-04 19:54 | 活動記録 | Trackback | Comments(6)
未来予想-日本から医療僻地が消える日
未来予想-日本から医療僻地が消える日

 私は今からある未来を予想する。
 多分誰も考えていないだろう未来だが、もし10年から15年以内に私の予想は的中すると思う。
 今日は2012/02/28。
 2025年までにそうなるだろう、、、、と思う。
 もしかしたらもっと早く、なるかも知れない。

 結論から言う。

 医療者がいない医療僻地は日本から消滅する!

 ストリーはこうだ。

 日本はこのまま失速する。
 どんどん悪くなる。
 国内経済はさらに冷え込み、もしかすると預金封鎖が起こるほど冷え込むかも知れない。
 2020年を過ぎてもさらに悪くなり回復などしない。
 
 一方、アジアはさらに加速し経済発展する。
 しばらくは中国が中心だろう。
 中国が失速する頃、東南アジアの国々の発展が加速するだろう。
 そして最終的にはインド。
 ここから50年はアジアの経済発展はめざましいだろう。
 世界の経済の中心はアジアになる。

 日本は単体では上手くいかないだろう。

 やがて、人的な、医療者のTPPがまず、日本・韓国・台湾の3カ国でなされるだろう。
 そこにやがて中国が加わることになる。
 ところが日本から韓国や台湾、そして中国に流れる医療者はほとんどいない。
 ソウルや台北、上海など一部の大都市に流れる以外は、日本からの医療従事者の流出は、ほとんど大きな流れにならない。
 ところが韓国、台湾、特に中国からの日本への医療者の流入はかなりの数になり、しかも給与が高く、日本人との競争にされされにくい都市部以外に大量に流入する。
 言葉の問題はその頃の様々な翻訳器機の発達である程度は解消され、一部医療通訳を職にする人々も現れるだろう。
 その結果、日本の医療僻地はある程度、消滅する!
 田舎のどの町に行っても、同じ皮膚の色をした同じような顔立ちの、少しアクセントがおかしい日本語を話す医者に会うことになる。

 そんな馬鹿な!!という人が多いだろうが、多分そうなる。
 なぜならば、このTPPは医療者の交流だけでないあるものとセットになる。
 それは、東アジアの富裕層の医療受け入れだ。
 日本の病院はアジアでダントツのホスピタリティーを誇る。
 東アジアの富裕層は、医療を求めてどんどん日本に押し寄せ、日本の外貨収入の大きな柱になるだろう。
 しかし、保険はどうなる?
 皆保険制度のない外国人には高額な医療は受けれない?ではないか。
 心配ない。
 必ずアメリカの保険会社がそこにハゲタカよろしく、舞い降りてくるだろう。
 現にアメリカは、民間保険会社が医療を仕切っている。
 彼れらは特に15億人の中国市場を目指して押し寄せ、日本で医療を受けるための保険を用意するだろう。

 その収益性だけでなく、これは日本にとっても、国益にかなっていることにもなる。
 なぜなら東アジアの国々の富裕層、支配者階級の健康を握ることになる。
 国防上、きわめて重要な政策になる。

 私の時代の読みは、こうだ。

 政治家の中で、このような大胆??ことを思っている人が何パーセントいるだろうか?
 でもきっとそう考えている、あるいはそれも自然だと考える政治家が中国にはいるような気がしてならない。

 15年後、真実はどうなっているだろうか?


 
 
# by japanheart | 2012-02-28 07:27 | 随想 | Trackback | Comments(0)
こころを救うという行動
こころを救うという行動

 こころを救うというということを具体的にすることは難しい。
 私が20年以上医者をしていて、私にとっての目指す医療とは、結局そこだった。

 肉体が救われていてもこころが救えないのであれば、本当に医療を施したことになるのだろうか?
 脳死の人間を無理矢理作り上げたとて、本人にとってそれは幸せなことではないだろう。
 いのちはつながりがあるから、脳死の状態であっても生きていてくれればいいと、家族が思えるのであれば、それはまた意味のある生かもしれない。
 しかしながら患者本人は、本当はどう思っているのだろうか?

 患者の病気を治すことで、こころが救われるということは、きわめて大切なことではあるが、治せなかったとしてもこころが救われるているという現実があれば、それはそれで立派な医療というのが私に意見だ。

 すべての患者の病が治せるわけではない、という現実から出発すると、病を治すという行為そのものよりも、医療という行為を通してこころが救われたのかどうか、ということが最終的に残るあり方かもしれない。

 今、ミャンマーで生まれつきの腸と膀胱の奇形で、おなかの壁からおしっこと便が垂れ流しになっている女の子がいる。
 姉弟は二人。
彼女には弟がいる。
 弟は、脳性麻痺になっている。

 親は死に、やがてこの女の子が生涯この弟の面倒をみていくことになるだろう。
 その現実はまだこの子にはわからないが、それでも私たちにはそのことがわかる。

 この子にはどんな運命が待っていようと、自信を持って生きてほしいと願っている。
 もっと言うと、自分の人生を信頼して生きてほしいと。
 自分が子どもの時に、自分のために多くの日本人が力を貸してくれたのだという自信、世の中に対する信頼が、やがてこの子の生きていく力に変わる。
 苦しくなったとき、弟の存在が重荷になったとき、きっと彼女は思い出すことだろう。
 幼い頃、見ず知らずの自分のために、見ず知らずの多くの日本人たちが力を貸してくれたのだということを。

 それが、今回の企画で私が求めている結末だ。
 最終的には病気など治らなくても良いのかもしれない。
 病気を抱え、上手くつきあって生きていくのも一つの生き方だから。

 しかし、そんな病気を抱えて生まれてきた自分の運命を呪いながら生きるのはやめてほしいのだ。
 だから、そんな病気を抱えていても生きていく力を与えてみたい。

 私はそんな願いを込めている。

 彼女の名前はNi Ni Min Lwin ニーニーミンルィン 2005年12月10日生まれの6歳の女の子
 興味ある人は以下をみてほしい。
 一人の少女の『心』を救うためのプロジェクト

 


 
# by japanheart | 2012-02-26 20:56 | 病と人間 | Trackback | Comments(2)
最後の時かも知れない-医療者編
最後の時かも知れない

 1995年からミャンマーで医療を始めた。
 貧しいあの時代、私のような未熟な医師の前にも、ミャンマー人たちは遠く何日もかけ医療を求めてきてくれた。
 いつも罪の意識と感謝の意識が混ざった複雑な心境ではあったが、私はそれなりにガンバッタとは思う。

 毎日、朝の5時から夜の12時まで働いた。

 2004年、関わっていたNGOのあり方やその提供している医療レベルに大きな不満を抱き、自分でジャパンハートを立ち上げた。

 それから今年で9年目、まあ何とか続いてきたものだ。


 ミャンマーの医療事情もその間、少しずつ良くなっていろ。さらに今後は経済発展に伴って、今年から10年くらいの間にかなり改善されるのではないだろうかと思っている。

 アジアの経済発展から取り残され、経済封鎖によって医療に十分お金をまわすことができなかった国の姿は10年後は、もうなくなっているかも知れない。
 それはそれですばらしいことで、今までミャンマー人たちの病気の状況を目の当たりにしてきた私は、隔世の思いで、そのことを感じている。


 ある意味、私は幸せだった。
 国際分野では私自身は指導者にはついに出会えなかったが、それでも多くの人たちに医療を提供できた。
 手術は2万件以上を、行っただろうか?
 外国人の私にそんなことが許されたのは、時代のなせることで、多分将来、実力のない医師が、ミャンマーの人々に手術をするなどということはできなくなると思う。

 私は国際協力がしたいという、若い医師たちは多い。
 でもあなたたちにそれを実現するフィールドはアジアにはなくなっているかも知れない。10年後には。

 私は自分の半生を振り返っても、ラッキーな人間だった。
 すでに十分、海外で医療を実現できた。
 医師になった目的は、これをするためだったから、満足できているのかも知れない。

 これからは、短い時間で専門的な医療行為をチームでする海外医療協力が、ほとんどになっていくだろう。
 現地に住み、文化を理解し、現地の人たちと人間関係や信頼を築きながらというのは、もう夢物語かも知れない。私は、本当に信頼できる現地人と出会えた。そんなことは時間がかかるし、何度もともに困難を乗り越えなければあり得ないことだ。
 簡単にすれば、簡単な人間関係しか残らない。人生とはかように上手くできている。


 医学生や医師たちに、言いたいのは日本でゆっくり技術を磨くなどと悠長なことを言っていたら、その頃にはもう働く場所がないよ、ということだ。
 少なくともアジアにはほとんど。
 法整備が整い、様々な発展がみられれば、勝手に他人の国の中で、良いことだから、必要だからと言って、医療行為をすることは許されなくなる。

 アジアでは私が人生のすべてをかけて医療行為を行った最後の医師になるかも知れない。
 ホントは、後進にたくさん出てきてもらいたかったが、誰も出てこないから仕方ない。
 道先案内人になる気持ちはあるのだが、残念なことだ。
 
 あなたたちが、本当に海外協力を医療でしたいなら、余り時間は残されていない。
 あとは、私の思い出話を、おとぎ話のように聞くだけだ。
 きっと桃源郷の話のように感じることだろう。

 看護師たちは、安心しても良い。
 まだ数十年は大丈夫だし、あなたたちのやることはまだまだあると思う。
 でも、確実に競争が激しくなるので、いけるチャンスは年々、減るかも知れない。
 現に、ジャパンハートの長期の海外医療参加の倍率は上がり続けている。
 だから、早めがお勧めなのは、変わりない。

 迷うなよ!
 迷えば道はなし。
 その一歩が道となり、その一歩が道となる。
 アントニオ猪木に皆、びんたをしてもらったら目が覚めるのだろうか?

 前に出でよ!
 
 他人のためではない。自分自身のためにやることだ。
 貧しき人々はそのチャンスをあなた方にくれているのだ。
 あなた方が生まれてきた意味と医療者としても、人としてももっとも高く自分に自己価値と人生のすばらしさを認識させてくれる機会をだ。

 未来はくるかどうかは、神のみぞ知る。
 明日のいのちの保証など、誰も与えてはくれない。
 そこに今を全力で生きる理由も生まれてくる。
 だから、お金や将来のことを気にせずやらねばならない。
 少なくともそれをコントロールして、今を生きるすべを身につけよ。
 
 私が今どんな精神的世界に住んでいるか、見せてあげたい。
 結構、美しい世界だよ。
 
 生まれてきたからには、あなたたちも覗いてみるべきだ。
 
 
# by japanheart | 2012-02-25 02:07 | 医者の本音 | Trackback | Comments(1)
志ある医師求む!
志ある医師求む!

 そんな医者たちの可哀想な人生のせいなのか、なかなか”志ある医師”という種類の人に出会えない。
                「大きく学び、小さくまとめる」
 という極意がある。
 野球のスイングを想像してみるとわかりやすいが、大きなフォームでしっかりと練習を重ね、基本をしっかりと身につける。最初から、いきなり器用な素振りを行おうとせず、大きな素振りでしっかりとイメージや大切な要素を体にしみこませる。やがて繰り返しによりホームは鋭さを増し、小さく小さくコンパクトになっていく。

 武術の同じかも知れない。身を震わす程度の小さな動きで人が倒れるほどの名人の話を知っている。

 人生も同じ原理が働くように思えてならない。

 最初から志も低く、目先の利益や安定や成果を求めすぎ、大成しない人は多くいる。
 大器晩成と言うけれど、人生の大きな成果にはそれぐらいの時間がかかるということだろう。

 そういえば、最近、海外で2年も3年も働きたいという医者が来ない。
 1年程度がせいぜい。

 折角やるなら、2年は最低やった方がいいというのが、私の持論だが。
 1年程度なら、短大や専門学校も卒業できない期間だな。
 
 自分には技術や知識など何か足らないとよくいうけれど、そんなのは私は今で持続いている。

 要は、こころざし!
 
 私が地域医療のためにがんばってやるという、気持ち。
 私が、日本の医療のために人一倍、貢献するのだというこころざし!
 海外で、医療がまともに受けることができない人たちのためにという、こころざし!
 
 海外でも、本気でやってやろうという人を求めている。
 日本国内でも私たちはいつでも、「石巻や女川」などで働いてくれる医師や看護師を求めている。

 ああ、こころざしある医師は、日本のどこにいるのか?
 
# by japanheart | 2012-02-15 02:48 | スタッフと想い | Trackback | Comments(1)
解放されない日本の医師たち
解放されない日本の医師たち

 まあ、もっとも、、という感じで今日の話を始めてみたい。

 まあ、日本の医者たちも同情すべきことはある。
 悲しき寄らば大樹という伝統が強いに日本では、どうしても医局というシステムが封建的な仕組みを大きく組み込みながら温存されやすい。
 10年くらい前までは、私は、医局を女医が結婚で辞めるという以外で、穏やかすまなかったケースを何度も見聞してきた。

 多分、二度と働けなくしてやるというようなことを言われた医師たちも少なくないかも知れない。
 それは単なる脅しに過ぎないけれど、はじめから大樹に寄り添っている人間にとっては、単なる脅し以上の効果がある。
 
 私は今まで、私も若い頃、海外医療をしてみたかったのだという台詞を、多くの医師たちから何十回となく聞かされたものだ。

 あの頃本当に多くの医者が途上国に行っていたら、今の私以上に大変役に立ったに違いない。
 しかしほとんど誰もいかなかった。
 まあ、理由は自分かわいさだったのだろう。

 欧米の医師たちは、余裕で1月から3月、休暇を取る。
 日本人は1週間でも四苦八苦。
 何かが違うのだろう。

 まずはそれをかえなければならない。
 彼らを少し休ませなさいということ。

 医学教育も同じで、何のために医者が存在して、何のための医療かということを徹底的にたたきこまなければならない。
 少なくとも金儲けがしたいとか、かっこいいからという理由は、大口たたいて言えないようにしておかねばならない。
 税金を投入してなされる教育だから、もちろん社会貢献は当たり前だが、日本の人たちのみに重点を置いて
医療を行うことをよしとするのか、いのちというのは平等に国境を超えて大切にすべきだと教えるのか、国家としてのヒロソフィーを決めなければならない。

人道大国を目指すなら、当然後者になる。

 今の多くの医師たちは、国民の守るという意識をあまり持てない状況にあることが多いのではないか?
 本来自分でできる健康管理や軽傷の病気でさえ、他人任せにして、日本の保健医療を崩壊させつつある一般、国民たちに決していい印象は持っていないだろう。

 予防、予防管理と口うるさくは言うが、結果は、自己管理の放棄のような現状。

 かくして医師たちは迷走する。

 日本でなかなか大いなるモティべーションを保ちながら医療ができず、医局という仕組みを手放すこともできず、経済的安定はある程度求め、休みは取れず、権威は薄れ、、、、。

まあ、可哀想な人たちだということは確かだ。
# by japanheart | 2012-02-10 09:04 | 活動記録 | Trackback | Comments(0)
ミャンマー医療活動の今後
ミャンマー医療活動の今後

 ミャンマーの医療活動は、多分今年は節目を迎えることになるだろう。
 ミャンマー人医師の本格的雇用に乗り出す。

 ミャンマー人医療者でベースを作り、そこに日本人が参加するという形にいよいよ切り替えようと思う。

 今までそれを望んできたが、現地の社会的情勢がそれを許さなかったのだ。
 いよいよ長年の思いを形にする時期が来ている。

 私がそれに踏み出したもう一つの理由がある。
 それは、日本人医師たちに失望したからだ。
 看護師たちには決して失望はしていない。
 彼らにははっきり言って十分、未来を感じる。

 しかし日本人の特に、医師たちには失望させられている。
 リスクを犯さない。
 すぐに、安定を志向する。
 何かというとすぐに医局の話をする。
 当てにならない日本人医師たちと組むより、現地人医師と組んだ方が十分勝算はある。
 
 
 
 なぜなのだろうか?
 同じ医療職でも、同じ日本人でも、なでこんなにも看護師と医者は行動や考えが違うのだろうか?

 学生時代にはあれほど海外医療をするといっていた人たちが、どんなにましな人でも、数ヶ月しか参加しない。
 それは、家族や子どもがいれば、少しくらい安定が必要なのはわかる。
 でもだ、私はなぜ自分の若い頃の夢を叶えないのだろうか?

 大体、日本にいてもそんなに大量に医師が都会の病院だけにいらないだろう?
 
 次回、また。
 書きたいことがたくさんある。

 

 
 
# by japanheart | 2012-02-06 16:12 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
ミャンマーの今
ミャンマーの今

ミャンマーは今、大きく変わろうとしている。
少なくとも表面的には。

様々な利権を手に入れるため各国の攻勢が凄い。
とくにアメリカは手のひらを返した様に、すごい攻勢をかけている。
中国、韓国、タイ、ベトナムそしてヨーロッパ。
日本は取り残された感がある。

最近、ミャンマーの大統領が、日本はミャンマーにとって特別な国だと言ったそうだ。
それは、決してリップサービスではない。
ミャンマーは大切な分野を日本に任せたいと言っている。
他の国は信用できないと。

これが先人達の遺してくれた財産なのだ。

問題は、日本の政治家達が、そのことを知らないことだ。
かくも、日本の政治家達は歴史観を失ってしまった。
歴史を失った国は滅びる、とは誰かの名言。

将来の日本とミャンマー、日本人とミャンマー人のために、凄い政治家の出現を望む。

時間がないか?


何とかならないかな?
# by japanheart | 2012-01-27 08:05 | 活動記録 | Trackback | Comments(4)
目の前の現状に向き合うということ
目の前の現状に向き合うということ

 人はいい未来があると信じる故に、現状に向かい合わない人が多いのは残念なことだ。
 がんの患者は、それを信じて実際につらい抗がん剤の治療と戦わなければならない。

 多分それはどんな人にもあるはず。
 目の前の現状をクリアしなければ、次に進めないということが。
 大学受験だって、同じ。
 甲子園の予選だって同じ。
 本当は何だって同じことなんだと思う。

 ところが、いい未来を呼び寄せたいのに、現状を否定して、向かい合わずに進もうとする人間が多い。
 仕組みとしてどうしてもやらなければならないものは仕方ないから受け入れているが、自分の意志でやめるのも向かい合うこともできる場面では、ほとんどやめてしまう。

 一見、もっともらしい理由をつけてはいるが、みる人がみれば、真実は手に取るようにわかるものだ。

 もし現状から逃避して、別のことをやり始めたらどうなるか?
 こたえはシンプルに出る。
 ある一定の時間を過ぎれば、同じようなレベルのところで、同じストレスを受けるようになる。
 職場を変わっても、仕事を変えてもこれは変わらない。
 人間の癖は、そう簡単には変えられない。
 そしてまた逃げ出す。
 ただそれを繰り返す人生があるだけだ。

 やがて、人は抵抗しなくなる。
 自分の人生に自分で限界をもうけることになる。
 
 才能は死に、時間は過ぎてゆく。

 今までの人生を思い出してほしい。
 生まれるときに、楽々生まれてきた人はいるのだろうか?
 あることを学ぶときに、ストレスを受けなかった人間などいるのだろうか?
 
 目の前の現状に向かい合ってほしい。
 命までかけることはない。
 人生は、何度でも挑戦権が与えられている。
 自分が調子がいいときに、再チャレンジしてもいい。
 
 もし、命をかけるほどの出来事でもなければ、現状に向かい合うべきだ。
 力も時間も集中し、小さな穴を開ける。
 そこからすべては変わってゆく。

 今ジャパンハートに関わっている人、かつて関わった人。
 私がこの人は本気で自分と戦っていると思った人がどれくらいいるだろうか?
 不平や不満を言っていられるのは幸せなことだ。
 それで現状が変えられるならば。
 病気のの子どもたちも本気で現状と向かい合わないといけない。
 重たい病気になれば、不平や不満を言う余裕がない。

 ジャパンハートを去った人たちは、今の現状に満足しているのだろうか?
 そこは自分が理想とした世界なのだろうか?
 やっていることの内容もお金の収入も、組織の仕組みも思い通りだったのだろうか?

 もうここでやることはやった。
 学ぶことは学びきった。

 待遇やその他でいい場所はそれ以外に、たくさんあった。
 でもいつも、目的に近づくために一番いいところを選んで働いてきた。
 待遇など全く考えなかったことも何度もある。

 私はいつもその場所を卒業してきたのだと感じている。
 学びきって、そして次へ進んできた。

 

 
# by japanheart | 2012-01-23 02:35 | 活動記録 | Trackback | Comments(3)
USTREAM-社会貢献とは何かを、NPO代表が問う!
USTREAM-社会貢献とは何かを、NPO代表が問う!


 1月21日 13時~15時 (JICA地球広場より)

  http://www.ustream.tv/channel/jplivetv-japanheart

# by japanheart | 2012-01-21 01:09 | 講演会 | Trackback | Comments(0)
1月21日は 講演します。
1月21日は 講演します

 
吉岡秀人の想いを誰もが聞けるように、
そしてその想いを若者と共通できるように、
USTREAM放送という場を用意しました。

┌───────────────────────────────────────────┐

*番組視聴者のFacebookイベントページ*
https://www.facebook.com/events/234860523259121/

└───────────────────────────────────────────┘

ぜひ、1/21(土) 13:00-15:00は時間を取って、生放送をご覧下さい。

# by japanheart | 2012-01-20 00:45 | 講演会 | Trackback | Comments(0)
他人の旦那ならいいけれど
他人の旦那ならいいけれど

 JSファウンデーションの佐藤さんが先日、ミャンマーにやってきた。
 そのとき、「あんたは他人の旦那ならいいけど、自分の旦那なら最悪だわ!」
 といわれた。
 うちの妻もそう思っているかもしれない。
 妻の本心は、生涯、聞かないつもりだ。

 だからというわけではないが、最近、なかなか家に帰れない。
 日本にいるのになんだか電話で何とか距離を確かめ合っている。
 海外ではメールしかできないから、声が聞けるだけましということ。

 それで子どもたちにもあまり会えない。
 これまた電話で声を聞くばかり。

 今夜、仙台に最終の新幹線で着いた。
 明日朝から石巻そして女川町に向かう。
 こどもクリニックが女川からも比較的近いため女川のこどもの治療もできればいいかなと思っている。
 明日朝、女川町長と会う。

 医療がなければ、住民は帰ってこない。
 安心・安全それが人が生活してゆくための基本。
 その一端を医療が担う。
 私たちの診療施設がその一助になれば、さらによし。
# by japanheart | 2012-01-13 04:55 | 子どものこと | Trackback | Comments(4)
12月クリスマスー手術ミッション
12月クリスマスー手術ミッション

 石巻にこども診療施設をオープンし、逆に、海外が手薄になりがち。
 今回のミャンマー手術は私自身も久しぶりに体に応えた感じがする。

 このミャンマーの活動が、今の私たちの活動の心臓部だから、これが上手くいくことがあらゆる活動に影響を及ぼすと感じている。
 ので、何とかむち打ってがんばり続けている。

 12日間の間に203件の手術を行った。
 最後の3日間は、寝袋を手術室に持ち込み、仮眠を少しとりながらやり続けた。
 朝なく、昼なく、夜なく、ただ黙々とやった感じがする。

 合間、合間に数十人の外来患者を診察した。

 手術が終わった時、ミャンマー人たちが倒れ込んでいた。
 
 その姿を見てうらやましいと思った。

 若いときに、こんな経験をできることは、どんなすばらしい未来を引き寄せるのだろうと。
 自分のために、そして人のために、倒れるまで働ける人間が世の中にどれほどいることだろう。

 この経験はやがて血肉になることだろう。

 神の摂理は複雑に入り組んでいて、常人には理解できないかもしれない。
 今回のような経験が因となり、将来何を生み出すのかは。

 しかし私が思うには、真理は至ってシンプルだ。

 極限までいったら自分のためも人のためもなくなる。
 ただそこに自分がすべきことが見えるだけ。
 それをさらに突き詰める。
 そこには、少し時間がたてば、自己の人生の開花と新しい未来の萌芽を感じることだろう。

 シンプルな真理は、かつて先達たちが教えてくれたこと。

 情けは人のためならず。

 これに尽きる。
# by japanheart | 2012-01-09 13:47 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
2011年 年の瀬 ミャンマー
2011年 年の瀬 ミャンマー

 今年はどんな一年だったろうか?
 色々あったが、人生はそんなものだろう。

 昨年くらいからは自分自身の健康のことについて、本気で心配するようになった。
 あまりに過密なスケジューリングは避けなければと、いつも考えるようになった。

 アフリカと違って、アジアはまだ近いから移動の時間は救われているようにも感じる。
 しかしながら月に2回も3回も移動となると、1週間は夜を飛行機の中で過ごすようになる。
 そうすると翌朝から仕事ができるからだが、こんなことをしているから、体をこわすのだろう。
 現地で手術中は、いつも寝るのが深夜の2時から3時だから、夜をゆっくり休むということがなかなかできない。

 昔、健康飲料のコマーシャルで、「ジャパニーズ・ビジネスマン~~、、、、」という歌のフレーズがあったが、最近、この歌を何気なく口ずさんでいる自分がこわい。
 当時、日本人はよく働いたのかもしれない。

 最近、いろいろなことにおいて感じるのは、
  何事も”時を得る”ということが大切だ、ということ。

 時を得る、それは時間を味方につける、あるいは流れを制すなどと、言えるのかもしれない。

 宮本武蔵は、こどもの頃、佐々木小次郎と決闘していたら殺されていた。
 日本はあと3年アメリカとの戦争を引き延ばしていたらルーズベルトが死に、ソビエトの共産主義の広がりを封鎖するために同盟国になった。
 いじめられっ子が、10年後、空手家になって、昔自分をいじめた子たちより遥かに強くなった。

 短気は損気だから、時を伸縮させ、最高の時節を設定する。

 ただし準備を怠ってはいけない。
 
 幸運の神様は後ろ髪がないとは、よく女の人たちが言う話だが、チャンスはそのときに”つば”をつけておかないと後で騒いでも、後の祭りという。
 誰だって準備万端で望みたいが、そんなことは人生でそう多くはない。
 それをmottoとしていたら、人生ほとんど何もチャレンジしないで終わってしまうだろう。

 動きながら、進みながら考える。
 考えながら、進む。
 転がる雪の塊のように。
 転がれば転がるほど、大きな塊になる。
 そうやって時間をかけ、時を得れば、最初からは想像もつかないような結果がこの世に生み出される可能性がある。

 たった数人で始めたジャパンハートの活動が、今たった8年の時間でこんな風になった。
 はじめは傍観しようとしていた東日本大震災の救援活動を、始めたらどれほどの人々にメリットがあっただろうか?
 少なくとも今の実力で2年後や5年後の現実を予想しないことだ。

 ある人が日本人は”今”にばかりにこだわると書いていた。
 欧米人は、そうではないらしい。だから投資をしてもうまくいく。
 未来のある時点の別の世界があると折り込みされている。
 
 今を生きることはすばらしいが、それに意識が拘束されすぎて未来を放棄するのはよくない。

 私は、今の縁を信じ、いい未来を信じ、前に進みたい。
 動きながら考え、考えながら動く。
 そうして気がつけば1年前の自分とはかなり違う、能力の自分になっている。
 その自分がさらに前へ進むから、さらに大きな可能性が引き寄せられてゆく。
 雪だるま、雪だるま。
 やがて時を得て、果実が実る。
 どうやら始めた頃、想像していた結果と違うようだ。
 でも、多分、納得するだろう。
 なぜならはじめの想像こそ正確さを欠いていたと、そのときの自分は認識できるはずだから。
 
 
 

# by japanheart | 2011-12-26 08:40 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
宮城県石巻診療所のこと
宮城県石巻診療所のこと

 先日、宮城県石巻に建設中の診療所の役割を相談するため石巻日赤に向かった。
 救急部長、地域医療連携室のかた、看護師の方と面談し、概要や経過そして今後の目標などをお話ししてご理解いただいた。
 大変、いい関係が結べるようで安心した。

 石巻日赤はやはり震災後は大変な状態が日常化しているようで、二次三次救急がこの病院の役割なのに、
一次救急に足を引っ張られ苦労している感じがした。
 特に小児科はほとんど研修医も含め5名医師で休みなく、まわしているようで疲弊していると思われた。

 この辺の感覚が、地元の開業医と日赤などで共有できると私たちの役割や存在意義も明確に理解してもらえるのかと思った。

 たとえば、医師会への150万の入会金の話、そして毎月1.5万円の会費の話。
 私たちの活動資金は寄付だから、寄付の使途に関しては、しっかりとホームページやこのブログで報告していきたい。
 特に、寄付者の人が納得しがたい上記のような使途に関しては、きっちりと世間に知らせます。
 理由も含めて。
 (子どもたちのための純粋な費用ならむしろ報告の必要もないのかもしれないが、、、。)
 これは国税局からも税制控除の対象団体になったときに、厳しく言われていることなので、義務かな。

 年が明けたら医師会や県や市との面談を持ちたいと思っている。

 
# by japanheart | 2011-12-24 00:05 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
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