IE9ピン留め

ジャパンハートの代表。1995年より国際協力医療活動をはじめ、ミャンマー・カンボジアなどで、これまで1万人以上の子どもたちに手術を行ってきた。
by japanheart
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ミャンマーの今
ミャンマーの今

ミャンマーは今、大きく変わろうとしている。
少なくとも表面的には。

様々な利権を手に入れるため各国の攻勢が凄い。
とくにアメリカは手のひらを返した様に、すごい攻勢をかけている。
中国、韓国、タイ、ベトナムそしてヨーロッパ。
日本は取り残された感がある。

最近、ミャンマーの大統領が、日本はミャンマーにとって特別な国だと言ったそうだ。
それは、決してリップサービスではない。
ミャンマーは大切な分野を日本に任せたいと言っている。
他の国は信用できないと。

これが先人達の遺してくれた財産なのだ。

問題は、日本の政治家達が、そのことを知らないことだ。
かくも、日本の政治家達は歴史観を失ってしまった。
歴史を失った国は滅びる、とは誰かの名言。

将来の日本とミャンマー、日本人とミャンマー人のために、凄い政治家の出現を望む。

時間がないか?


何とかならないかな?
# by japanheart | 2012-01-27 08:05 | 活動記録 | Trackback | Comments(2)
目の前の現状に向き合うということ
目の前の現状に向き合うということ

 人はいい未来があると信じる故に、現状に向かい合わない人が多いのは残念なことだ。
 がんの患者は、それを信じて実際につらい抗がん剤の治療と戦わなければならない。

 多分それはどんな人にもあるはず。
 目の前の現状をクリアしなければ、次に進めないということが。
 大学受験だって、同じ。
 甲子園の予選だって同じ。
 本当は何だって同じことなんだと思う。

 ところが、いい未来を呼び寄せたいのに、現状を否定して、向かい合わずに進もうとする人間が多い。
 仕組みとしてどうしてもやらなければならないものは仕方ないから受け入れているが、自分の意志でやめるのも向かい合うこともできる場面では、ほとんどやめてしまう。

 一見、もっともらしい理由をつけてはいるが、みる人がみれば、真実は手に取るようにわかるものだ。

 もし現状から逃避して、別のことをやり始めたらどうなるか?
 こたえはシンプルに出る。
 ある一定の時間を過ぎれば、同じようなレベルのところで、同じストレスを受けるようになる。
 職場を変わっても、仕事を変えてもこれは変わらない。
 人間の癖は、そう簡単には変えられない。
 そしてまた逃げ出す。
 ただそれを繰り返す人生があるだけだ。

 やがて、人は抵抗しなくなる。
 自分の人生に自分で限界をもうけることになる。
 
 才能は死に、時間は過ぎてゆく。

 今までの人生を思い出してほしい。
 生まれるときに、楽々生まれてきた人はいるのだろうか?
 あることを学ぶときに、ストレスを受けなかった人間などいるのだろうか?
 
 目の前の現状に向かい合ってほしい。
 命までかけることはない。
 人生は、何度でも挑戦権が与えられている。
 自分が調子がいいときに、再チャレンジしてもいい。
 
 もし、命をかけるほどの出来事でもなければ、現状に向かい合うべきだ。
 力も時間も集中し、小さな穴を開ける。
 そこからすべては変わってゆく。

 今ジャパンハートに関わっている人、かつて関わった人。
 私がこの人は本気で自分と戦っていると思った人がどれくらいいるだろうか?
 不平や不満を言っていられるのは幸せなことだ。
 それで現状が変えられるならば。
 病気のの子どもたちも本気で現状と向かい合わないといけない。
 重たい病気になれば、不平や不満を言う余裕がない。

 ジャパンハートを去った人たちは、今の現状に満足しているのだろうか?
 そこは自分が理想とした世界なのだろうか?
 やっていることの内容もお金の収入も、組織の仕組みも思い通りだったのだろうか?

 もうここでやることはやった。
 学ぶことは学びきった。

 待遇やその他でいい場所はそれ以外に、たくさんあった。
 でもいつも、目的に近づくために一番いいところを選んで働いてきた。
 待遇など全く考えなかったことも何度もある。

 私はいつもその場所を卒業してきたのだと感じている。
 学びきって、そして次へ進んできた。

 

 
# by japanheart | 2012-01-23 02:35 | 活動記録 | Trackback | Comments(3)
USTREAM-社会貢献とは何かを、NPO代表が問う!
USTREAM-社会貢献とは何かを、NPO代表が問う!


 1月21日 13時~15時 (JICA地球広場より)

  http://www.ustream.tv/channel/jplivetv-japanheart

# by japanheart | 2012-01-21 01:09 | 講演会 | Trackback | Comments(0)
1月21日は 講演します。
1月21日は 講演します

 
吉岡秀人の想いを誰もが聞けるように、
そしてその想いを若者と共通できるように、
USTREAM放送という場を用意しました。

┌───────────────────────────────────────────┐

*番組視聴者のFacebookイベントページ*
https://www.facebook.com/events/234860523259121/

└───────────────────────────────────────────┘

ぜひ、1/21(土) 13:00-15:00は時間を取って、生放送をご覧下さい。

# by japanheart | 2012-01-20 00:45 | 講演会 | Trackback | Comments(0)
他人の旦那ならいいけれど
他人の旦那ならいいけれど

 JSファウンデーションの佐藤さんが先日、ミャンマーにやってきた。
 そのとき、「あんたは他人の旦那ならいいけど、自分の旦那なら最悪だわ!」
 といわれた。
 うちの妻もそう思っているかもしれない。
 妻の本心は、生涯、聞かないつもりだ。

 だからというわけではないが、最近、なかなか家に帰れない。
 日本にいるのになんだか電話で何とか距離を確かめ合っている。
 海外ではメールしかできないから、声が聞けるだけましということ。

 それで子どもたちにもあまり会えない。
 これまた電話で声を聞くばかり。

 今夜、仙台に最終の新幹線で着いた。
 明日朝から石巻そして女川町に向かう。
 こどもクリニックが女川からも比較的近いため女川のこどもの治療もできればいいかなと思っている。
 明日朝、女川町長と会う。

 医療がなければ、住民は帰ってこない。
 安心・安全それが人が生活してゆくための基本。
 その一端を医療が担う。
 私たちの診療施設がその一助になれば、さらによし。
# by japanheart | 2012-01-13 04:55 | 子どものこと | Trackback | Comments(4)
12月クリスマスー手術ミッション
12月クリスマスー手術ミッション

 石巻にこども診療施設をオープンし、逆に、海外が手薄になりがち。
 今回のミャンマー手術は私自身も久しぶりに体に応えた感じがする。

 このミャンマーの活動が、今の私たちの活動の心臓部だから、これが上手くいくことがあらゆる活動に影響を及ぼすと感じている。
 ので、何とかむち打ってがんばり続けている。

 12日間の間に203件の手術を行った。
 最後の3日間は、寝袋を手術室に持ち込み、仮眠を少しとりながらやり続けた。
 朝なく、昼なく、夜なく、ただ黙々とやった感じがする。

 合間、合間に数十人の外来患者を診察した。

 手術が終わった時、ミャンマー人たちが倒れ込んでいた。
 
 その姿を見てうらやましいと思った。

 若いときに、こんな経験をできることは、どんなすばらしい未来を引き寄せるのだろうと。
 自分のために、そして人のために、倒れるまで働ける人間が世の中にどれほどいることだろう。

 この経験はやがて血肉になることだろう。

 神の摂理は複雑に入り組んでいて、常人には理解できないかもしれない。
 今回のような経験が因となり、将来何を生み出すのかは。

 しかし私が思うには、真理は至ってシンプルだ。

 極限までいったら自分のためも人のためもなくなる。
 ただそこに自分がすべきことが見えるだけ。
 それをさらに突き詰める。
 そこには、少し時間がたてば、自己の人生の開花と新しい未来の萌芽を感じることだろう。

 シンプルな真理は、かつて先達たちが教えてくれたこと。

 情けは人のためならず。

 これに尽きる。
# by japanheart | 2012-01-09 13:47 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
2011年 年の瀬 ミャンマー
2011年 年の瀬 ミャンマー

 今年はどんな一年だったろうか?
 色々あったが、人生はそんなものだろう。

 昨年くらいからは自分自身の健康のことについて、本気で心配するようになった。
 あまりに過密なスケジューリングは避けなければと、いつも考えるようになった。

 アフリカと違って、アジアはまだ近いから移動の時間は救われているようにも感じる。
 しかしながら月に2回も3回も移動となると、1週間は夜を飛行機の中で過ごすようになる。
 そうすると翌朝から仕事ができるからだが、こんなことをしているから、体をこわすのだろう。
 現地で手術中は、いつも寝るのが深夜の2時から3時だから、夜をゆっくり休むということがなかなかできない。

 昔、健康飲料のコマーシャルで、「ジャパニーズ・ビジネスマン~~、、、、」という歌のフレーズがあったが、最近、この歌を何気なく口ずさんでいる自分がこわい。
 当時、日本人はよく働いたのかもしれない。

 最近、いろいろなことにおいて感じるのは、
  何事も”時を得る”ということが大切だ、ということ。

 時を得る、それは時間を味方につける、あるいは流れを制すなどと、言えるのかもしれない。

 宮本武蔵は、こどもの頃、佐々木小次郎と決闘していたら殺されていた。
 日本はあと3年アメリカとの戦争を引き延ばしていたらルーズベルトが死に、ソビエトの共産主義の広がりを封鎖するために同盟国になった。
 いじめられっ子が、10年後、空手家になって、昔自分をいじめた子たちより遥かに強くなった。

 短気は損気だから、時を伸縮させ、最高の時節を設定する。

 ただし準備を怠ってはいけない。
 
 幸運の神様は後ろ髪がないとは、よく女の人たちが言う話だが、チャンスはそのときに”つば”をつけておかないと後で騒いでも、後の祭りという。
 誰だって準備万端で望みたいが、そんなことは人生でそう多くはない。
 それをmottoとしていたら、人生ほとんど何もチャレンジしないで終わってしまうだろう。

 動きながら、進みながら考える。
 考えながら、進む。
 転がる雪の塊のように。
 転がれば転がるほど、大きな塊になる。
 そうやって時間をかけ、時を得れば、最初からは想像もつかないような結果がこの世に生み出される可能性がある。

 たった数人で始めたジャパンハートの活動が、今たった8年の時間でこんな風になった。
 はじめは傍観しようとしていた東日本大震災の救援活動を、始めたらどれほどの人々にメリットがあっただろうか?
 少なくとも今の実力で2年後や5年後の現実を予想しないことだ。

 ある人が日本人は”今”にばかりにこだわると書いていた。
 欧米人は、そうではないらしい。だから投資をしてもうまくいく。
 未来のある時点の別の世界があると折り込みされている。
 
 今を生きることはすばらしいが、それに意識が拘束されすぎて未来を放棄するのはよくない。

 私は、今の縁を信じ、いい未来を信じ、前に進みたい。
 動きながら考え、考えながら動く。
 そうして気がつけば1年前の自分とはかなり違う、能力の自分になっている。
 その自分がさらに前へ進むから、さらに大きな可能性が引き寄せられてゆく。
 雪だるま、雪だるま。
 やがて時を得て、果実が実る。
 どうやら始めた頃、想像していた結果と違うようだ。
 でも、多分、納得するだろう。
 なぜならはじめの想像こそ正確さを欠いていたと、そのときの自分は認識できるはずだから。
 
 
 

# by japanheart | 2011-12-26 08:40 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
宮城県石巻診療所のこと
宮城県石巻診療所のこと

 先日、宮城県石巻に建設中の診療所の役割を相談するため石巻日赤に向かった。
 救急部長、地域医療連携室のかた、看護師の方と面談し、概要や経過そして今後の目標などをお話ししてご理解いただいた。
 大変、いい関係が結べるようで安心した。

 石巻日赤はやはり震災後は大変な状態が日常化しているようで、二次三次救急がこの病院の役割なのに、
一次救急に足を引っ張られ苦労している感じがした。
 特に小児科はほとんど研修医も含め5名医師で休みなく、まわしているようで疲弊していると思われた。

 この辺の感覚が、地元の開業医と日赤などで共有できると私たちの役割や存在意義も明確に理解してもらえるのかと思った。

 たとえば、医師会への150万の入会金の話、そして毎月1.5万円の会費の話。
 私たちの活動資金は寄付だから、寄付の使途に関しては、しっかりとホームページやこのブログで報告していきたい。
 特に、寄付者の人が納得しがたい上記のような使途に関しては、きっちりと世間に知らせます。
 理由も含めて。
 (子どもたちのための純粋な費用ならむしろ報告の必要もないのかもしれないが、、、。)
 これは国税局からも税制控除の対象団体になったときに、厳しく言われていることなので、義務かな。

 年が明けたら医師会や県や市との面談を持ちたいと思っている。

 
# by japanheart | 2011-12-24 00:05 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
脳瘤という病気の経験
脳瘤という病気の経験

 東南アジアには脳瘤という生まれつきの病気が、多くある。
 日本ではまずみられないような病気である。
 ということは、この病気の治療を行った経験のある医者がほとんどいない。
 もしもあったとしても、多分生涯でたったひとりだけであろうか。

 日本では脳外科が担当することになろうか。

 この病気の治療を現地でもう数十人に行ってきた。

 いわゆる完璧な、理想といわれるような手術はミャンマーでは難しいが、私なりに工夫して何とか術式というのが形が決まりつつある。

 ところが最近、手術後に時々、嘔吐や痙攣を起こす子が出てきた。
 頭の骨のちょうど眉間のあたりに大きな穴が空き、皮膚の下まで、そこから脳の一部が出たり、髄液という脳を循環している液体がたまったりしているのだが、これを頭の骨膜をはがし、反転させて穴をふさぐというやり方をする。それでも普通の人は穴がないわけだから、普通に比べて数cc程度から多くても30ccくらいは頭の中の容積が多いことになる。多ければ少しは余裕がありそうなものだが、痙攣や嘔吐や時に意識が少し悪くもなる。
これらの子どもは普通の子どもより、脳の圧が高いのだろうか?

ふさいだ子どもの中に上のような症状が出る子どもがいる。
そこで、塞いだ骨膜に、針で穴を開ける。
穴を開けると、髄液が外へしみ出す。
そうすると驚くくらい症状が改善する。
たった数ccの量の違いの世界で、劇的に症状が変わる。

前回手術した子どもの報告が、現地から、毎日入る。
日本で予定がいっぱいの私はそう簡単に動けない毎日。
いつもやきもきしながら、報告をよんだ後は、落ち着かない。

私という人間がぜったい必要というわけではなかろうが、自分が行かなければならないような気がする。

そういう習性が身についているのかもしれない。

医者というのは、医療者というのは、患者の様態が悪ければ、どこにいても、意識をそこから外してはいけない。
遠くに離れていても自分に何ができるのか?

私もそれを自問している。

そこがプロとしての、最低ラインかもしれない。
# by japanheart | 2011-12-18 01:08 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
ミャンマー小児外科ミッション終了す
ミャンマー小児外科ミッション終了す

 ミャンマーで行われた小児外科患者を集めた手術が終了した。
 約50名の子どもたちをミャンマー全土から呼び寄せ、手術した。
 日本から小児外科医4名、甲状腺外科1名、小児科2名、手術看護師3名の計10名が、私たちと合流し、
 20名近い日本人スタッフ、とミャンマー人スタッフ10名以上を加え、30数名での手術ミッションになった。

 手術室は3カ所に別れ、連日朝から深夜12時くらいまで手術は続けらた。

 今回呼び寄せるはずだった子どものうち2名はすでに亡くなっていた。
 今回の手術まで最長1年近く待たせる。
 その間に、2名もの子どもたちを失った。

 できれば半年に1度、このような機会があれば、もしかするとそういう子どもたちは減るのかもしれない。

 停電が少なくなったミャンマーで、ようやく人工呼吸器付きの麻酔機を購入し、今回も大活躍した。
 しかしながら麻酔の薬の質は如何ともし難く、術後の呼吸器の状態が思わしくない子どもが何人もいた。

 ミャンマーで子どもたちが経済格差やその他の事情で医療を受けれるチャンスがない間は、私はせめても医療を彼らのために無償で提供したい。
 
 本当は、ミャンマー政府は許してはくれないだろうが、プライベートでも政府と合同でもいいけど、子ども病院が作れれば一番いいのだが。
 日本政府が全面的にバックアップを約束すれば、きっとうまく動くはず。

 しかし、日本の官の中でこのことを考えている人間はいまい。

 カンボジアでは、韓国政府がそれをやってしまった。

 官は相変わらず民を信用しない。
 民と対等のパートナーシップという発想がない。

 どこの国の誰よりも、そこに近い私がいることに、日本の官は気づきもしない。
# by japanheart | 2011-12-13 03:32 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
石巻市ージャパンハート 子ども・内科診療所
石巻市ージャパンハート 子ども・内科診療所


 宮城の石巻に診療所の建設が進んでいる。
 
 診療所開設はあまり歓迎されず、という感じ。住民は歓迎ムード、しかれども、、、。


 医師会に入らなければならない、らしい。
 九州のとある友人は、医師会に入るのに250万入会金を払い、その他年会費が必要らしい。

 ここはそれほどでもないけど、寄付金を投入せざるを得ないのを許してほしい。

 これが日本の現実。

 医師会に入らないと、検診や予防接種はできないようになっている。

 私は個人的には医師会に入ったことは一度もなく(勤務医だったから)、名前は知ってい手も、内容は知らなかった。

 郷に入れば、郷に従えか、、、。

 とにももかくにも、数千万の寄付金を投入し、今月末に診療所が開設する。

 このブログで、また色々報告したい。

 日本を約20時間の滞在で出発する。

 次はカンボジア、多分、小児外科ではなく産婦人科の手術がなぜか私のメインの手術になる予感。

 カンボジアは子どももそうだけど、大人が医療に恵まれていない気がする。
# by japanheart | 2011-12-08 23:36 | 活動記録 | Trackback | Comments(2)
講演会のお知らせ
講演会のお知らせ



1.東日本復興支援活動報告会のねらい

当団体は、3月17日に被災地に入って以来、現在も、被災地の復興に寄与しています。その領域は、医療支援のみならず、子ども達が安心して暮らせる環境作りにまで至っています。そして、この度、11月に石巻市渡波地区に子どもを対象にした診療所(名称:NPO法人ジャパンハート こども・内科クリニック)を設立することとなりました。
このように長期にわたる日本での医療支援は、当団体にとって初の経験であり、開設する診療所の運営に対しても、今後ますます皆様のご協力、お力添えをいただかねばなりません。

今回は、東日本大震災復興支援にスポットをあて、活動報告をいたします。

2.日 時
2011年12月19日(月)17:30開演 (16:30開場、19:30終了予定)



3.場 所
学習院創立百周年記念会館正堂 東京都豊島区目白1-5-1 (JR目白駅より徒歩5分) 詳しくはこちら 共通施設をクリックして下さい。

4.内 容
(1)講演(60分):吉岡秀人 (一部トークショー:吉岡秀人、枝並千花氏)
*ジャパンハートの海外での活動、並びに被災地復興支援活動について
*NPO法人ジャパンハート こども・内科クリニック立ち上げの経緯について
*支援者の一人であるヴァイオリニスト枝並千花氏とのトークショー
(2)ヴァイオリンコンサート(45分):枝並千花氏(ヴァイオリン)、桑生美千佳氏(ピアノ)
司会:清水共子氏

5.申し込み手順及び会費 
(1)会費:3,500円(全席自由席)
・0歳から幼稚園児(小学校生になっていない):無料
・小学生~大学生:1,700円
未就学児に関しましては演奏の妨げにならないように保護者の方がご配慮戴きたくお願い致します。
(2)申し込み手順
*ジャパンハート東京事務局の以下メールアドレスにeメールにて申込してください。
  お申し込みのメールアドレス: [jhevent1@gmail.com]
その際には氏名、住所(チケット送付用)、チケットの枚数、電話番号を記載願います。

*以下口座にお振込み願います 12月12日(月)までにお振込みください。
お振込み口座 (郵便局の場合)
銀行名:ゆうちょ銀行
口座名義:特定非営利活動法人ジャパンハート
口座番号:01380-3-97312

<他の金融機関よりのお振込みの場合>
銀行名:ゆうちょ銀行 (金融機関コード:9900)
店番:139
預金種目:当座
店名:一三九店 (イチサンキュウ)名前は英数字ではありません。
口座名義:特定非営利活動法人ジャパンハート
口座番号:0097312

*当方にてご入金確認後、チケットを当団体よりご連絡戴いた住所に郵送致します。
# by japanheart | 2011-12-02 10:06 | はじめに | Trackback | Comments(0)
膀胱結石の子どもーその後
膀胱結石の子どもーその後

 以前紹介した、15歳なのになぜか子どもっぽくて、結構大変な状況なのにいつも明るい膀胱結石の子どもがようやく退院にこぎつけそうだ。
 何ていうか、男の子というより少女っぽいこの子。
 
 いつも手を振ると満面の笑み+少女のような雰囲気をかもし出し、どんな顔をしていいのか困惑気味の私。

 今回のこの子が経過が悪くなったのは、看護師の術後管理ミス。
 そしてこの子が薬を飲んだ振りして、飲んでいなかったこと。

 もうすぐ退院のこの子を前にして思うのは、結果よければすべて良しだが、結果がうまくいかなかった子どもたちの記憶がいくつもある。
 そして、その時々でミスをしていた人間がいる。

 もし患者が生涯、背負い込まなければならないような事態になっても、そのミスをした医療者は、そのときはしおらしく反省していたが、今頃はきっと、何もかも忘れて充実した毎日を送っていることだろう。
 ミスをした人間が、平々凡々と暮らし、ミスをされた人間がそれを背負い込まねばならない矛盾。

 今、日本で世の中が、憤っているのも要するにこういうことだ。

 こういうことがないように目を光らせている。
 もしミスをしたら、本人と家族に代わって私がきっちり言うことを言う。

 今までもそうしてきたし、これからもそうしてゆく。
# by japanheart | 2011-11-29 12:12 | 活動記録 | Trackback | Comments(0)
腎透析セミナー IN YANGON
腎透析セミナー IN YANGON

 ミャンマーに透析を広めることを加速させるために企画した透析セミナーがヤンゴンで開催され、うまく成功したと思う。

 講師は、小児腎臓の大御所、瀧先生お願いし、これに専門看護師と専門技師の方にもお願いし、5日間のセミナーが行われミャンマー中から腎臓関係の医師看護師などが集結し、この講演を受講した。

 今後もどんどん企画し、提示してゆきたい。

 透析というのは、お金がかかる事業になるが、これがないと患者は死んでしまうという現実がある。
 日本でこの恩恵にあずかっているのは30万人もいる。

 ミャンマーの人口は日本の人口の半分。
 これがこの国に広がると、少なくとも15万人の患者たちが将来的に助かるということになる。

 5年くらいかけてじっくり取り組んでみたい。
 慢性腎臓不全でなくなる子どもをみるのはつらい。

 1996年だったと思う。
 小学校4年生の女の子が、私が巡回診療していたミャンマー中部の村に牛車で運ばれてやってきた。
 約1日もガタガタと本当にしんどくて大変なのにやってきてくれた。
 体はぱんぱんに腫れ、すでに動けなくなっていた。
 私はほとんど希望なく神頼みのような心境である薬を処方した。
 それくらいしかやることがなかったのだ。
 だから祈った。
 どうかこの薬が効いて、この子が助かりますように、と。

 1週間後、再びその村に巡回した。
 その子はそこにいた。
 1週間前よりさらに体は腫れ、皮膚からは水がしみ出していた。
 私はどうしていいのか、わからなかった。

 そのとき、一筋の涙を流しながらその少女が、こう言ったのだ。
 「おうちへ帰りたい、、。」
 
 私は同じ薬をうつろな気持ちで再び処方した。
 親は娘のその言葉を聞き、村へ帰りますと言った。
 私はうなずくしかなかった。

 それから1週間後、ミャンマー人スタッフがこう教えてくれた。
 「あの少女が亡くなったそうです。」

 あの少女の一筋の涙とうつろな私の姿を今も思い出す。

 やっぱり透析は必要だ。
 私にできることは何でもするつもりだ。
 
# by japanheart | 2011-11-27 00:52 | 活動記録 | Trackback | Comments(0)
宮城県三陸地域の危機的な小児科事情ーその2
宮城県三陸地域の危機的な小児科事情ーその2

 石巻市はご存じの通り、震災でもっとも被害が大きかった場所の一つだが、その被災場所の、中心に石巻市民病院があった。
 300床以上の病院で、一階部分がすべて水没してしまい使い物にならない。
 特に、津波被災地域の中にあり、この同じ場所に病院を再開するかどうかすら疑問視されていた。
 浜辺の近くに無残に破壊された看護師寮があった。たぶんここに住んでいた多くの看護師たちはなくなったと思う。

 私たちはこの病院の復旧こそが地域復興のためには大切だと考え、何度も病院長や行政と折衝を繰り返した。
破壊的になった宮城県や石巻市の経済状況を考えると、病院の再建のための資金を用意するのは簡単ではない。
 国際赤十字から、20億円の資金提供の連絡があったという。
 それを元手に、仮設病院を6ヶ月くらいで立てる予定だった。5月頃の話。
 ところがその後、国際赤十字からはその一部の金額しか出ないことになった。
 ここで再建計画は頓挫する。
 
 外から見ていて、たぶんその後は坂を転げ落ちるような感じがする。
 関係者は努力したと思うが、、。

 最近、病院長に電話をしたら、あまり元気がなかったそうだ。
 なんと病院は平成28年から再開になったそうだ。
 エー、、、5年後って???
 それまでは、細々と仮設でやっていくそうだ。
 今でも患者数はかなり減り、医師や看護師の医療者流失もひどい状態だそうだ。
 宮城県の行政もそれを恐れ、また嘆いている現状がある。
 だから、私たちに診療所の許可を与えてくれたのだ。

 もちろん、たった一人いた小児科医は、すでにやめていてそこにはいない。
 
 もう、市民病院には、小児科は存在しない!

 今、あの地域にはたぶん色々対応できる病院が日赤しかないのだろう。
 今はどのようなサポートが入っているかはわからないが、元々、小児科医4名、ベット10床の小児科のキャパ。

 石巻市、南三陸、登米市、など30万人くらいのカバー人口でベットが10床だった。しかもそのうち4床くらいは赤ちゃん用。

 私が働いていた岡山では、多分120万くらいのカバー人口で300から400床ベットがある。

 要は10分の一。

 私は、現状を理解しながら、何とかしなきゃいけない問題だと認識した。
 
 動かない市民病院、排他的な地域性、少ない医療状者数、そしてもうそこまで来ているインフルエンザや下痢症など、子どもたちを脅かす季節。
 しかも今年は、衛生状況や住民の経済状況などかつてないくらい悪いはず。

 それで、子ども診療所開設と、相成った。

 
# by japanheart | 2011-11-15 01:17 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
宮城県三陸地方の危機的な小児科事情ーその1
宮城県三陸地域の危機的な小児科事情

 東北宮城石巻地域の休日の小児科診療は震災後特に危機的になっている。 震災前のいい頃は8名いた担当医師たちが現在はたった4名に。
もう少しするとジャパンハートのこども診療所が石巻に開設される。
休日を中心に診療をする予定。
 診療施設をプレハブで建設使用としているが、建設のために必要な東北地方の人や物が圧倒的に不足しているらしい。
 なんと順番待ちのような状況。
 少し焦っているが、11月の開院が12月にずれ込みそう。

 以下の内容の記事が日本小児会報に掲載された。
 記事の書き手は、石巻の小児科開業医の阿部先生。
 タイトルは「石巻地区でも医者が足りないー石巻市の時間外診療、休日当番システムの維持が難しいという現状」

 石巻といえば宮城第二の都市。
 そこですら、小児科の休日当番はすでに震災前の昨年12月から4名になっていた。
 そこに今回の震災が直撃。
 この記事が書かれた、8月現在も小児科開業医4名中2名がまだ、診療施設の再建途中で開業までこぎ着けていない。
 市民病院には小児科医が1名しかおらず、その医師も8月で退職予定。
 昨年までは東北大学や仙台市内の開業医、宮城子ども病院などのサポートで何とか継続されていた。
 今後、暗雲たちもめる。

 開業医もどうしていいかわからない。
 
 私たちの役目は何かと考えたとき、もちろん休日の医療を支えるのも一つ。
 もう一つはこの地域に、来てくれる医師を見つけることかもしれない。
 あるいはそのために何かを手伝うことかもしれない。

 少なくとも、ジャパンハートがそこで診療所をすれば、多くの医療者がそこでお手伝いすることになるし、
 もっと多くの医療者に、あるいは学生にそのことを知らせることができる。

 その中から一人でも、二人でも将来、数年でも、ここにいてくれる人が出ればいいと思う。

 この地域の人は、医師も含めて、一時だけの支援は、あとが大変になるので、かえって拒否するような感じがあるが、そんなことをいっているより、たとえ一時の支援であっても、より多くの人に知ってもらい、一人でもそこに興味を持ってもらうように動いた方がいいと私は思う。

 それを拒否すれば、間違いなく、今までと同じ状況になる。
 いや、ゆっくりと、それ以上に悪くなる。

 行政だけに任せないで、自らも何かアクションを起こすことが大切だと思う。
# by japanheart | 2011-11-08 21:52 | 活動記録 | Trackback | Comments(0)
第2回学生セミナー
第2回学生セミナー

12月18日の日曜日、第2回学生セミナーを開催する羽目に、否、ことになりました。

前回結構評判よかったらしい。
けど、いまいち私と話せない人もいたようなので、今回は懇親会まであってゆっくりと話をできるようにしたらしい。

内容は私は全く知りませんが、みんなで準備を進めている様子。

国際協力に興味がある人はぜひ参加を。

何せ私は、後進を育てることが、今の使命だと勝手に認識しているので。
性格的には、ちょっと面倒くさがってやりはしているけど。

とにかく損はないから、学生の間に、本気でやっている大人たちとつきあう時間を作ってみるのは大いに意味があるから。

名誉や形や、ステータスだけで生きている人間を将来、決して憧れたり尊敬したりしないようにするためだから。

人間はどこまで行っても、本質主義、実利主義がいいよ。

段位などないけど、本当に強い武道家を目指すか、10段の段位はあるけど、大して強くもない武道家になりたいのかという問題。

生まれてきたからには本当に強い武道家を目指せ。
# by japanheart | 2011-11-04 11:10 | 講演会 | Trackback | Comments(1)
今年の手術
今年の手術

今年は少し手術が増えそうだ。
何だか、せっせとやっているうちにおそらく2000件くらいになりそうだ。

手術を集中的にやる時期を、「ミッション」と称しているが、この時期は日に少なくても10件、通常は14件から15件の手術が行われる。

 ヘルニアなどの手術を中心に、甲状腺腫瘍や腸の病気、口唇裂や火傷、子宮筋腫や卵巣腫瘍など、疾患は多岐にわたるが、それを黙々とやっている。

 たとえば、虫垂炎(もうちょう)は、虫垂の手術ができればやっていいわけはない。
 診断が間違っていて、虫垂炎でないことも時にあるから、そのときに腫瘍が出てきたり、別の病気であったりと腸切除や人工肛門などを造らなければならないこともある。あるいは婦人科疾患が絡んでいたり、膀胱や尿管に問題があったりと、さまざまな問題に対処できなければここではリスクがある。
 日本では、婦人科の病気が出てくれば、産婦人科を呼ぶ、膀胱や尿管に問題があれば、泌尿器科を呼ぶ。
ここではこれをすべてできなければならない。

 若い医者にはそのように指導している。
 無理をして、かえって患者に迷惑をかけては医療のあり方としては正しいとはいえない。

 来年度からそろそろ若手のミャンマー人医師を鍛えようかと思っている。
 社会情勢さえ許せば、そうしたいところだ。

 でも、日本の医者は腰抜けになったものだ。昔からか?
 すぐに、自分の境遇や将来を心配した発言をする。
 ビビッて刀を抜かずに、生涯、生きてみるも良しだが、若いうちはやっぱり武者修行がいいと思うけど。

 今時、医師は売り手市場、どこでも、いつでも失業の心配はない。
 それを知ってか知らずか、その後のことが心配ですとすぐに言う。
 
 どうせ10年もすれば、生涯の道筋がなんとなく見えてくる。
 自分がどれほどの偉い医者になれるのかも。
 そのほとんどは大したことにはならないんだから、あんまり将来を心配しないで、いいと思うことを素直にやればいい。

 子どものころから、親や教師に、素直になりなさいって言われたでしょ?
 
 じゃ、素直になって!!

 
 
# by japanheart | 2011-11-02 11:09 | 活動記録 | Trackback | Comments(0)
ミャンマー透析事情
ミャンマー透析事情

性格的に、いいと思ったことは躊躇しない、ということにしている。
何かやるとき、まあ、お金もいることだから、何でも首を突っ込むわけにはいかないが、
それでもできる限り、力のおよぶ限り。

最近は、人材不足に悩みながら、少しでも前に進もうとしている。
何でこんなにいい人材がいないのだろう?と悩む。
でもこれって大半の経営者が言っている台詞かも。

ところでミャンマーでは腎不全で透析の恩恵を受けれる人口は日本と比べれば、本当に一握りだ。
日本は週3回が基本。
ミャンマーではコストの面もあり、週2回が基本になっている。

もう少し透析が広まればもっと多くの人々が恩恵を受けれるはずなのに。

もう一つ、ミャンマーは世界で一番、蛇にかまれて死んでしまう国。
バイパー、コブラ、キングコブラまでいる。
この人たちが、もし緊急に人工透析を受けることができれば、死ぬ人数ももっと減る可能性が高い。

そこで思いついたっていうか、この計画にまたもや乗ってみた。

ミャンマーに人工透析を少しでも早く広めよう!
お金はかかるけどね。

ジャパンハートのスタッフたちは、これを聞けば耳をふさぐ人も多いと思うけど。
そこはそれ、世の中のためだから。

ということで早速、11月の下旬に、ミャンマーで中心医療機関の医者や看護師など医療者を
旧都ヤンゴンに集めて、第一回セミナーを開催する。
徐々に、ここから加速させ、実際の透析の広まりをスピードアップする。

5年くらいで、すべての地方中心病院で、透析が行えるようになるのが理想だ。

日本人たちよ、日本で文句や愚痴ばかり言いながら働くよりも、年に1から2週間、こんな活動に協力を
してみたらどうか?

医療に関しては、正に、何でもやることがあるし、意義もある。
私たち日本人が、開拓すべき無限の荒野が今、目の前にある。

# by japanheart | 2011-10-31 07:27 | いのちの重み | Trackback | Comments(1)
子どもの手術患者
子どもの手術患者


 日本の小児の病院では、年に数例手術する程度の患者たちを、こちらで今年の11月の終わりから12月の初めにかけて一気に手術する。
 その数は30名以上になる予定。

 日本から小児外科医が4名、甲状腺外科医が1名、小児科医が2名参加する。

 この時のために、毎年、手の込んだ手術が必要な小児患者たちをストックして、一気に手術している。

 何とこのミャンマーの田舎でも、電話で連絡をする。

 その村のどこかに電話があって、昔の日本のように、電話がかかれば家主がその人を呼びに行く。
 とっても離れている場合は、家主が後日、内容を知らせてくれる。

 こうして数十人の患者の子どもたちが集められる。

 どの子どもも、そして親たちも待ちに待った機会。
 意気揚々とやってくる。

 私は、事故がないように、事故がないようにとそればかり考え、行動している。
 外科医としての向上心を無くした?私は、事故はきっと小さな周辺事項から起きてくると信じ、
 手術はなるべく若い世代の医師たちに任せ、様々なリスクを減らすために気を配ることになる。

 今回のミッションの指導医は、かつての私の恩師、青山先生。
 若い先生方が、彼の指導の下、全ての手術を行うことになる。

 医療を、主に金銭的な理由から受けれずにいた現地の子どもたちもハッピーになり、
 若い日本の医者たちも技術力が上がり、ハッピー。
 そして将来、その彼らによって手術を受けるであろう日本の子どもたちもハッピー。
 こういうのが良いと思う。
 ここでのポイントは、確かな技術を持った指導者がいること。
 そういう人をこれからどんどん呼び込んでみたい。

 誰も損しないことは、上手くいく可能性が高い。
 
 きっと上手くいく。
 こんなことなら、縁の下の力持ちになるのも悪くはない。

 
# by japanheart | 2011-10-28 02:07 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
バンコク講演
バンコク講演

 今日はバンコク講演。
 トランジットで10時間のバンコク滞在。

 2年ぶりのバンコクか?

 どうもタイは今大変らしい。
 洪水で、あちこち避難命令が出ている状況。

 前回のタイの講演会時は、タクシン派と反タクシン派でもめていて、戒厳令がひかれていた。

 なぜかいつもタイは、こんな感じ。

 タイの上を飛んでいると、あと20年でミャンマーもこんな感じになると思うと少し寂しい気がする。

 良くも悪しくも、あの厳しい環境下でこそ、ミャンマーの文化が昔のまま残っていたという気がする。
 日本もタイも、あっという間に変わってしまった。

 雪崩のような海外の影響を受けるということは同時に、その良いとこも悪いとこも取り入れ、自国の良いとこも悪いとこも失うということになる。

 もし日本が、60数年前に、ゆっくり自国のペースで文化を残せていたら今時どうなっていたのか?
 明治の頃に、それができていたら、廃仏毀釈などというばかげたことは起っていなかったろう。

 しかし、時代は容赦なく進む。
 政治に左右されない文化の保存の良い方法がないものか?

 ミャンマーで今からそれを見届けなければならないのかもしれない。

 ちょっと寂しいな。
# by japanheart | 2011-10-21 23:36 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
小児診療所開設
宮城に小児診療所開設

 私は人生の節目節目に、蛇を見る。
 蛇を見るって、本物の蛇を。

 巳年の私は、何となく、意味があると感じているが、確信はもちろんない。

 最近の記憶は、南三陸の海岸で、津波の後、2匹の白蛇を見た。

 不思議とよくあの津波をかいくぐって生きていたなと、感慨深かった。
 そして、これから運命が変わると何となく感じた。

 今、どんどん私を取り巻く状況が変わっている。

 来年は、今より長く海外生活をすることになりそう。

 そういえば、宮城県石巻市の例の場所に診療所を開設する許可が宮城県から正式に下りた。

 いよいよ11月から診療を開始する。

 子どもたちの診療に、全国のこころある小児科医たちの賛同を求めている。

 三陸地方の小児医療現状に今年は何とか力を貸そうではないか。
 
 県外のNPO法人で唯一、さらにいえば震災後に宮城県が診療所の許可を出したただひとつのNPOになった。
 責任を感じている。

 だから、がんばる。

 あの震災の後に、みんなこころで思ったではないか。
 もうこれ以上、ここの人たちに悲しい思いはさせないと。

 だからやる。

 先日、その場所を訪れたスタッフは、現地の人たちにこう言われたそうだ。

 「また、やって来てくれるのか!ありがとう。」

 がんばらないとね!!
 

 
# by japanheart | 2011-10-15 23:05 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
膀胱の石に思う
膀胱の石に思う

 今、ミャンマーの病院には数人の膀胱結石の子供たちが入院している。

 なぜか、ミャンマーは膀胱結石が多い?
 子供の結石の手術を毎年数人は行っている。
 これは日本ではないことだ。
 
 水の問題か、遺伝的なことなのか、はたまた別の原因か、定かでないが。


 ひどい子供は、膀胱の中がすべてたった一つの石で充満している。
 
 さてこの中の一人に、13歳の少年がいる。
 13歳といってもとてもおぼこく、ある看護師曰く、これで13歳???って。
 見た目は10歳前後。
 いつもおもちゃのギターを片手に寝ころがっている。
 膀胱にチューブは2本も挿入されているから、仕方ない。

 実はこの子供、石を取る手術を行った後、感染がひどくなる。
 手術中もおしっこがかなりくさく、感染の危険性が高いと思っていたが、やはり起こした。

 最終的には、膀胱を縫った糸がきれいに外れ、膀胱に大きな穴が開いてしまった。

 再手術を行い、感染状態がひどい間は、一旦、膀胱を直接、皮膚に縫い付けて感染が収まるのを待っている。

 次回、手術を行う予定(10月20日頃)。

 それで何かというと、この子供、いつもなぜかニコニコしている。
 たまに手を上げて。遠くから挨拶すると、同じように手を上げて返してくる。
 笑いかければ、笑い返す。
 自分の状況にもかかわらず、この上機嫌、どう。
 彼のこのメンタリティーに私たち医療者はずいぶん救われている。

 ありがたや!
# by japanheart | 2011-10-10 11:00 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
我が美しき景色
我が美しき景色

 私にはどうしても死ぬときに見ていたい光景がある。
 かつて何度か同じ景色を見て、「ああ、人生あってよかった!」と思ったことがある。

 いくつもすばらしい光景や美しい光景を見てきたが、私にはそれを越える光景はなかった。

 私の第二の故郷、大分で学生時代を過ごしていた頃、いつも授業をサボって夕方近くになると
 近くの温泉に出かけた。
 
 当時、多分今も、大分は温泉の宝庫。
 ただの温泉もまだまだたくさんあると思う。
 私はいつも、大分市の外れ、狭間町にあった、ある温泉に出かけていた。
 1回100円、薄い黄色のとても良い香りのする温泉だった。
 
 秋の夕暮れ、いつも温泉から山道を、ドライブして帰った。
 秋の風は気持ちよく、村々の夕暮れも心地よかった。

 その帰り、いつも多くの田んぼがあった。
 秋の夕方、たわわに実った稲たちが、夕暮れの太陽を浴びて、金色に輝き、風を受け少し揺れていた。
 私は何度かその光景に出会った。
 いつもこころ奪われ、しばし車を止め、日が暮れるまでそこにいた。

 日本にはこんなに美しい景色があるのだと思った。
 お米は不思議な食物だ。
 

 是非この光景を見ながら死にたいといつも思っている。
 だから、多分私が死ぬ季節は、秋かな。
 美しさの中で死ねるなどということは、何と日本人の心を揺さぶるのだろうか?

 そんな光景や場所をみんな持っているのだろうか?
 
 人間、明日死ぬのだと思えば、殆どの欲がはげ落ちてゆくが、その後、何が残るのだろう?

 欲は人のエネルギーだと最近、つくずく良く分かる。
 私は、それほど欲深くないので、何事も、まあこれくらいだってすぐ思ってしまう。
 自分が結構、淡泊なのだと、最近よく分かる。

 若い人たちを見ていると、全く美しくはないけれど、様々な欲望のために邁進しているのを見ると、
 少しうらやましくなる。

 美を備えた人間になるには今何をすればいいのだろうか?
 
 
# by japanheart | 2011-10-09 11:31 | 医者の本音 | Trackback | Comments(2)
感謝の力
感謝の力

 どうも最近、私は感謝の力を見くびっていたのかもしれない。
 数年前までは、よく神社やお寺に行っては手を合わせたものだった。

 特定の宗教を熱心に信心している私ではないが、どうもこういうこころがけが最近は前に出なくなっている。


 宮本武蔵が言った「神仏は尊び、そして頼らず」
 は、今でも私の生活の基本姿勢だ。
 神仏には日々、感謝、感謝、感謝だと今までの人生で何度となく、言われてきたような気がする。
 今日健康でいられること。
 今、目の前に平和な光景があること。
 そういう当たり前のことに感謝する。
 しかし、決して今でもお願い事はしない。
 
 自分が自分のために、人に何かを期待したり、望んだりしているときは何となく気持ちが卑しくなっているような気がする。
 私は昔から人に何かを施されると何となく罪の意識を感じる癖がある。
 きっと自分の生まれ持った本姓に根ざしているのだと思う。
 お前は人のために施す係だと。

 そうではあるけれど、感謝はいい縁を引き寄せてくるような気はする。
 たとえば、今の活動をしていて、こんないい協力者を私に引き合わせてくれて有り難いと思う。
 と、程なくその人と上手くいかなくなる。
 そしてなぜか、その人が離れていってしまう。
 その後、また別の人が現れ、次の手助けをしてくれる。
 何となくその繰り返し。

 これからは、もし私が神様仏様だったらという感覚で自分を見ていこう。
 私が神仏ならば、どんな人間を助けたいと思うのか?
 どんな人間を愛おしいと思うのか?
 まあ、そんな感じ。

 自分に感謝してくれている人にはもれなく、チャンスをあげたくなるのが神仏。
 じゃ、感謝しなきゃ損でしょ?

 ちょっと、人間くさすぎるかな

 
# by japanheart | 2011-10-06 10:57 | 随想 | Trackback | Comments(0)
視点
視点


 ビルマの竪琴という映画の中でどうしても忘れえないシーンがある。

 ビルマの僧が水島という兵隊へ言った言葉。

 「そんなことをして、何になる?」

 イギリスと戦争する日本。
 領土の拡張・国家の利益・人々の思惑。
 それに命をかける両国の多くの若者たち。
 その被害に遭う多くのアジア住民。

 それを全て包み込んでの言葉。

 これは宇宙からの言葉だと今でも思う。

 宇宙からのというのは、僧の立っている視点。

 まさに悠久という宇宙の長い時間の中で、領土の拡張は一体、どれほどの価値を持つのか?
 イギリスや日本の利益に、いかほどの価値を見いだすのか?
 
 本当は領土など広くなくても、腐るほどの物質がなくてもいいではないか。
 人々が日々飢えず、人々が互いに信頼し合い、助け合える社会をつくった方が、人々は一度しかない
 人生を大切にできる。

 広い領土を持って、イギリスは幸せになったのだろうか?
 日本はどうだろうか?
 アメリカの人々は世界中の資源を牛耳って、幸せになっているのか?
 有り余るほどの、掃いて捨てるほどの食料を食べ尽くしている日本人やアメリカ人は、
 それほどでもない国々の人々よりも健康で日々幸せを感じているだろうか?

 最近、私はよく思うことがある。

 有名になる。
 金持ちになる。
 人より贅沢をする。
 人から注目される、社会から評価される。
 立派な医者だと言われる
 、、、、、。


 そんなことのために、時間を使っていられない。
 そんなものを手に入れるために一度の人生を、浪費していてどうする?

 私の中に何かしら、無駄な欲が湧いてきたとき、あの僧侶が現れこう言うのだ。

 「そんなことをして、何になる?」
# by japanheart | 2011-10-03 19:02 | 随想 | Trackback | Comments(2)
患者たちの午後
患者たちの午後

 私はよく現地の小汚い御茶屋に行く。
 そこには、テレビがあって昼間から現地の映画やテレビ番組をやっていることが多い。
 
 だいたいミャンマー人は一杯のお茶で数時間粘ることが結構あるが、さすがに病院近くの御茶屋はそこまでの客はいない。 
 
 甘い甘い練乳入りの紅茶を飲み、だいたい川風に吹かれる。

 他の席を見てみると、手や足に包帯をした子どもや、顔に包帯をしたおばさんとその子どもらしい幼子が、小さな椅子に腰掛け、テレビを見ながら何かしら食べたり、飲んだりしている。

 ミャンマーの患者たちは、優雅なものだといつも思う。
 ひとつには日本のように体中に管の入った患者が少ない。
 それほどの程度の患者ならば多分、既に死んでいるのかもしれない。
 
 結構、しっかりした患者が多いのかもしれない。
 みんな体に包帯巻いて、昼間から飯をたらふく食べ、おしゃべりをして、夜は9時には消灯。
 
 患者たちには食事の無料券がジャパンハートより配られる。
 1日に1ドル25セント程度。
 これで本人の食費はまかなわれる。

 まあ、ぐったりして川風に吹かれている私を横目に、まあまあの患者ライフを送っている人が多い。

 日本の患者たちもこのくらい自由になれたら良いなと思う。
 これからは病院を中心に巨大なショッピングモールを作れればいいのかも。
 包帯をあちこちにした患者たちが、食品売り場やレンタルビデオ店に普通にいる街が良いなと思う。
 病院にいてテレビばかり見てないで、少し出かけることが可能になればきっと長期入院の人たちも狭い世界の中で、人生を浪費したという感覚は薄れるような気がする。

 人生は日常生活こそが、贅沢な空間。
 それを病という環境の中へ持ち込めれば良いなと思う。
 
 
 
# by japanheart | 2011-09-28 00:24 | 活動記録 | Trackback | Comments(1)
俺って、”しつこい”っていったよね
俺って、”しつこい”っていったよね

 このブログでも、様々なところでも、何度も宣言している通り、
俺って、”しつこい”!!!


 子どもの頃から、よく母親には、巳年の8月12日生まれのお前は、真夏のヘビだから、どうしようもなく、しつこいと言われた。何の根拠があってと、今でも思うが、それでも多分、何かにつけ、執念深かったのかもしれない。

 その私は、やっぱり、しつこいことを今回もやってみた。

 今年の4月29日ブログでも書いた通り、石巻の渡波地区に開設したジャパンハートの小児診療所が取り壊しにあった。
 びっくりするけど取り壊し
 仕方なく、近くの避難所の渡波小学校に場所を移し、診療を続けた経緯がある。

 今回、石巻で小児を中心とした診療施設を開設する全回のブログで書いたが、何とこの渡波地区に開設することにしている。
 渡波地区は、小児の診療施設が今までも全くなく、石巻でも医療が手薄な地区だ。

 でもこれだったら、ちょっと”しつこい”程度でしょ?
 まあ、「こだわるねっー」てところだ。

 ここから真夏の巳年の私、その取り壊された診療施設のまさにその場所そのものを今回手に入れようとしている。あの奪われた土地を、取り返したってこと。あそこの場所は、アクセスが良かったんで、来る人たちもきっと助かると思うからだけど。

 東北支援のために集めたお金は、こうやって使うことにした。
 そしたらお金もそれを出してくれた人たちも喜ぶってもんだ。
 この冬に、衛生状態も悪くなっている、しかも小児の施設がない、この地区で、何とか小児の健康を確保する。ここを拠点に、南三陸、気仙沼までをにらんで、小児そして仮設住宅で孤独になってしまったお年寄りや住民たちの健康確保に回ることにした。

 あとは医師会や地元との調整がいる。
 この辺が、少し厄介かも。

 しかしきっと困っている住民は支持してくれると思う。
 またそうでなければならない。

 今年の冬が本格化し、インフルエンザやひどい下痢症が流行る、その前までになんとか、開設を間に合わせるから。

  
# by japanheart | 2011-09-25 10:30 | 医者の本音 | Trackback | Comments(5)
ジャパンハート 東北への支援 2011年 秋
ジャパンハート 東北への支援 2011年 秋

東北震災復興支援活動、、、。
多くの団体や個人。
東北を襲ったあまりのスケールの違いに上は国から下は子どもまで、
誰もがこの支援に、復興に長く関わらないといけないと誓った。

中には一生、東北に関わるのだと誓った人や団体もある。

6ヶ月経って、現実はどうなったであろうか?

医療だけでも、多くの団体は立ち去ってしまった。

現地の医療に関わる人々もまた、現実はともかく、
いつまでいるか頼りにならないような人々に依存するのは危険だという考えを持つ人々もいる。
または、元々足らない状態が恒常化していたのだからそれで良しとする考えもある。
または、外部の人間に必要以上にかき回されたくはないのだという思いの人もいる。

県や市、市井レベル、それぞれで考えに少しづつずれがあるのは確か。

私たちはどうか?
気合いや精神的な側面で支援に関わるのだというのは、あるかもしれないが、私たちは医療の組織なので
、実際に医療で、現実的に関わる。

私は、実利主義、実効主義な人間なので、精神論は必要以上には持ち込まないし、それを賛美する傾向がある日本人たちとも、
一線を画したいと思っている。

私たちは長期的視点で関わると誓った。
だから本当にそうする。
ただそれだけだ。

医療の側面から見て、それが現実に必要だと分析している。
だからそれを解決するように、現実に動く。
実際に効果があるように行動する。

私が、県や市の長ならば、今回の災害を逆手に取るだろう。
三陸地方は、元々、ひどい医療過疎の状態にある。

それを解決するためにに、今回の災害を逆手に取り、長く外の医療者を呼び込み、チャンスがあれば、
医療者の定住や長期就職を、画策すると思う。
そのための仕組みを用意し、実際にアプローチすると思う。

本当にあれほど多くの医療者が、訪れたのだから、一時的な支援に終わらせてはいけない。
どうすれば、長期的な支援に切り替えさせることができるのか、知恵の絞りどころだ。

そのひとつのアプローチを、今年、秋からジャパンハートが始めて見たい。
小児を中心とした診療所を宮城県に開く準備にかかっている。
実際に効果ある医療というのは、診療活動をしないと生まれないと考えている。


ここに全国の医療者を呼び込むためのアイデアを練っている。
今時の若い世代は、結構、やってくると思う。

あとは、お楽しみ。
上手くいくかもしれない、いかないかもしれない。

でも、許可を出してくれたら、宮城県には後悔はさせないつもりだ。

自分のことだけを考えているような人以外、誰も損はしないから、国にも協力をしてもらいたいと思っている。

# by japanheart | 2011-09-24 10:29 | 医者の本音 | Trackback | Comments(2)
リスクを負って動く
リスクを負って動く

 たくさんの手術を行うのは結構。
 病院が人で溢れ、住民たちが喜んでくれるのも結構。

 現在の私は現地に長くて10日間ほどしか滞在できない。
 日本に帰り、僅か数日、またミャンマーやカンボジアへ向かう。

 日本で、講演会だけでなく様々な事柄をこなさなくてはいけない。

 手術も後半、追い込みをかけたくさんの数をこなす。
 難易度の高いものは主に滞在の前半に行う。
 後半はなるべく軽いものをと。

 しかし、世の中はそんなに甘くはない。緊急で帰国前日に重症の患者がやってきたり、簡単だと思っていた手術が実はくせもので、大変な手術になったり。
 子どもだとなおさらたちが悪い。
 ほとんど子どもの外科というのは日本でも数が少ないために、そういう人間たちが常駐して現地で働くことは到底望めない。

 帰国しなければならない私は、後ろ髪をかなりの力で引っ張られながら、空港に向かい、現地からのメールが入るたびに、こころが萎む思いをする。

 かつて、何人かの人たちの死を報告されたことがある。

 私がいれば何とかなった人もいる。
 手の施しようがなかった人もいる。

 だから後継者を作れとよく言われるが、同じ境遇を引き継いでも仕方ない。

 私の後継となるものは、全く新しいコンセプトの元、作り上げていかねばならない。

 駅で空港で、街角で、くたびれた同性代以上の男性たちを見ながら、私も同じ顔をして向こうからも見られているのかと思うと、何となく気味が悪い。

 どんなに偉くなっても、お金を持っても、そんなくたびれた人間にはなりたくないものだ。

 わが子たちを見習って、激しいオン・オフと自分の世界の中に埋没できるわが身を作り出していこうか?

 
# by japanheart | 2011-09-11 23:45 | 活動記録 | Trackback | Comments(2)
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